"タダ宿の代償" 第2話
翌朝になると、また織からしいメッセージが来た。「観から帰ったに夕飯ができていると助かります。みんな疲れているとうので」とかれており、笑顔の絵文字まで添えられていた。敦子はその文面を読みながら、昨夜から胸に沈んでいた違が、しずつはっきりした形を持ち始めるのをじていた。
彼らは、自分を族として旅に迎えようとしているのではない。
無料で使えると、無料で働いてくれる母親として見ているのではないか。
その疑問は、まだにせるほど確かなものではなかった。けれど度芽えたさな棘は、それから何経っても敦子の胸から抜けなかった。
敦子は34、産会社に勤めていた。入社した頃は女性の営業職自体が珍しく、結婚も子どもを育てながら働き続けることに、周囲から何度も「そこまで無理をしなくても」と言われた。それでも夫・正弘の自営業は収入の波がきく、計を定させるには敦子が仕事を続けるしかなかった。
輔が幼稚園へ入った頃から学を卒業するまで、教育費として使った額は900万円を超えている。本が希望した私学へ学したも、「おのことでを諦めなくていい」と敦子は笑って背を押し、授業料も活費もほとんど負担した。
広告
正弘もできる範囲では支えてくれたが、計を守っていたが敦子だったことは、夫婦ともに分かっていた。
輔が織と結婚したには、居のとして300万円を渡した。「返さなくていい。その代わり、でちゃんと庭を作りなさい」と言ったのは敦子自であり、具やにも100万円くを援助した。初孫がまれてからは「若いうちは何かとおがかかるでしょう」と、毎5万円を送るようになった。
それらを計すると、結婚の支援だけでも相当な額になっていた。けれど敦子は、度も計算しようとはわなかった。族に使ったおを数えるのはに値札をつけるようで嫌だったし、息子夫婦がしでも楽になるなら、それでいいと本気で考えていたからだ。
ところが、支援がく続くにつれて、輔たちの反応は変わっていった。最初は毎「ありがとう」と話が来ていたのに、やがてLINEのスタンプだけになり、ここは入しても何の連絡もないさえあった。それでも敦子は、「子育てで忙しいんでしょう」と自分から理由を作り、息子を責めようとはしなかった。
旅の話がてから、輔から再び話がかかってきた。「母さん、ちゃんと掃除しておいてくれる?」という言葉に、敦子はを疑った。自分のは毎掃除しているし、64歳だからといって活能力が衰えているわけではない。
広告
「失礼ね。ちゃんと掃除してるわよ」
「いや、織がさ、古いだから埃とか丈夫かなって配してて」
「古い?」
敦子の声がわずかにくなった。今暮らしているは、10に敦子自が3500万円を全額現で支払って購入したものだった。築数こそし経っているが、購入に回りも壁も改修しており、誰かから「古臭い」と配されるような状態ではない。
正弘の自営業が当定だったこともあり、このの所名義は100%敦子になっている。産業界でく働いてきた敦子は、そのをよく理解したで購入していたが、族のでわざわざ「私の」と調したことはなかった。夫婦で暮らし、息子が帰ってくる所なのだから、名義など普段は識する必もなかった。
「それからさ、番広いは織の両親に使ってもらうから。母さんたちは奥のさい部でいいよな?」
輔は何気ないことのように続けた。敦子はしばらく言葉を失い、自分のの寝まで息子に振り分けられていることを理解するのに数秒かかった。しかも自分たち夫婦がさな部へ移ることを、相談ではなく当然の提として話している。
「輔、それは来てから相談しましょう」
「何で? 先に決めといた方が楽だろ。それとエアコン全部使えるようにしといて。
友達の奥さん、暑いの苦だから」
「全部?」
「気代くらいしたことないでしょ」
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
形見を捨てた嫁の代償
妻の三回忌の日、68歳の竹内正男は、久しぶりに帰ってくる息子一家のため、亡き妻がよく作っていた煮物と甘い卵焼きを用意していた。 孫に妻の思い出を伝えようと、正男は40年間大切に使われてきた花柄のエプロンを見せる。それは妻が家族のために台所に立ち続けた証であり、正男にとって何より大切な形見だった。 しかし嫁の彩花は、そのエプロンを何のためらいもなくゴミ袋へ放り込む。 「古いものは整理した方がいいですよ」 その一言で、正男の中の何かが静かに崩れた。 ところがその後、彩花は仏壇の横に置かれた一通の封筒を見つける。そこに書かれていたのは、マンション2棟と預金3000万円、そして遺言書という文字。 次の瞬間、さっきまでゴミ扱いしていた形見を、嫁は突然「大切にします」と言い出した。 形見の本当の価値は、金で測れるものなのか。 亡き妻が残したエプロンをめぐり、家族の本音が静かに暴かれていく。親不孝|親子関係1.5万字5 0 -
完結第12話
義母ATM、ハワイへ消ゆ
67歳のみち子は、息子夫婦と孫たちを迎えるため、今年も静かに正月の準備を始めていた。 ところがクリスマスの朝、嫁の歩美から突然告げられる。 「今年は15人で行きますから」 食事、寝具、お年玉、観光費まで、すべて義母であるみち子が用意する前提。さらに歩美は、SNSでみち子を「ATMみたい」と笑い、長年の援助まで馬鹿にしていた。 37年間働き、息子夫婦に2500万円以上を援助してきたみち子は、その日ようやく気づく。 自分は家族に大切にされていたのではない。都合よく使われていただけだったのだ。 そして12月29日。 15人が玄関前に集まった時、家の鍵は開かなかった。 その頃みち子夫婦は、すでに日本にはいなかった――。ATM扱い|親子関係1.8万字5 0