"タダ宿の代償" 第4話
と何気なく返し、それを聞いた敦子は初めて、自分のがすでに息子夫婦の財産として数えられていることをった。
「お母さんもだし、役につのは今のうちじゃない?」
織が笑った。
「まあ、してくれたり使わせてくれたりするうちは助かるよ」
輔の返事は、先ほどまでよりさかった。それでも否定はしなかった。
敦子のに、34の記憶が次々と浮かんだ。をした幼い輔を背負って病院へった夜、仕事を終えてから受験勉に付きった、学の格通を緒に見て泣いた朝、居のを渡したの「母さん、本当にありがとう」という言葉。そのすべてが、話の向こうから聞こえてくる笑い声によって、まるで別のへ塗り替えられていくようだった。
しいというだけではなかった。悔しさも、りもあったが、それ以に、自分がこれまで息子の嫌を損ねないことばかり考えてきた事実に腹がった。誰かに便利に扱われ続ける関係を作った端は、自分にもあったのかもしれない。
敦子は静かに通話終のボタンを押した。話が切れたことに気づいた輔からすぐ折り返しが来たが、彼女はなかった。
その夜、敦子は鏡のにち、自分の顔をく見つめた。64歳になり、目元には皺が増えたが、34仕事を続けてきたも判断力も、まだ何つ失っていない。
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産会社で契約や所権を扱い、何千件もの族の事を見てきた自分が、どうして自分自ののことだけは曖昧にしていたのだろうとった。
「利用価値だけ、ね」
鏡のの自分へ呟いた、議と涙はなかった。代わりに、胸のに静かでたい決がまれていた。
このは、誰かが当然のように使っていい所ではない。
そして自分も、誰かに使われるためにきているのではない。
敦子は寝へ戻らず、斎の机に座った。引きしから冊のノートを取りし、最初のページにきくいた。
《今、輔夫婦にしてあげないこと》
それは復讐の計画ではなかった。
64歳になった敦子が初めて、自分のに境界線を引くための準備だった。
翌朝9、敦子はかつての勤務先で付きいのあった今岡弁護士へ話をかけた。退職に個な相談をしたことは度もなかったが、産取引に詳しく、な話でも事実を理して判断してくれる物だとっていた。敦子は昨聞いた会話から旅当の予定まで、できるだけを交えずに説した。
「つまり、息子さん夫婦は宿泊について敦子さんの確な同を取らないまま、10で来る予定を組んでいるわけですね」
「最初は私も受け入れるつもりでした。でも、今は泊めたくありません」
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「の名義は?」
「私です。購入資も全額私の預からしています」
今岡はしを置き、「それなら、まず難しく考える必はありません」と答えた。敦子が所し、敦子と正弘が暮らしているなのだから、誰を宿泊させるか決めるのはんでいる側であり、息子だから当然に入れるという権利はない。族のとは別に、その点だけは確だった。
ただし今岡は、敦子がな仕返しを考えていないかを押した。突然方から来た族を危険な状況に置いたり、持ち物を勝に処分したりするのは別問題になるため、「宿泊を断るなら、事に確な表示を残しておく方がいい」と助言された。
「当まで何も言わずに締めすのは、やめた方がいいということですね」
「法な話だけではなく、敦子さん自がで悔しないためにもです。『泊めない』ことと、『困らせるために黙って待つ』ことは違いますから」
その言葉は敦子の胸に残った。確かに、今の自分は傷ついた勢いで「来てから困ればいい」と考えかけていたが、それでは息子夫婦がしたことと同じように、相をのではなく罰を受ける対象として扱うことになる。敦子が取り戻したいのは、相を困らせるではなく、自分の尊厳だった。
話のあと、役所ではなく法務局で登記事項証を取得した。
そこには所者として「佐々敦子」
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