"義母ATM、ハワイへ消ゆ" 第11話
それでも「そううなら、まず自分たちの活をて直しなさい」と答えた。
帰ろうとすると、正也が私を呼び止めた。
「母さん。ハワイ、楽しかった?」
な質問だった。
私は夫と顔を見わせた。
「ええ。とても」
それだけ答えた。
正也はし寂しそうに笑った。
その顔を見ても。
私はもう。
旅へったことを。
しも悔しなかった。
それから3ヶが過ぎた。
になる頃、私と夫の活は以とはしずつ変わっていた。毎15万円を正也へ送らなくなっただけで、計には驚くほど余裕がまれた。180万円という額を、私は5も「当然の支」のように扱っていたのだから、自分でも呆れてしまう。
私たちはに度、の温泉へくようになった。級旅館ばかりではなく、平に泊するだけのさな旅もい。夫は昔から写真が好きだったことをいし、しいカメラを買った。
私は週に度、元同僚たちとランチへかけるようになった。護師代は勤務表がわず、退職も族の予定を優先して断ることがかった友たちだった。久しぶりに会うと、「みち子、最楽しそうね」と言われ、自分でもし驚いた。
正也夫婦の活については、必以に聞かないようにしていた。それでも孫の誕などで連絡を取ることはあり、以のように完全に関係を断ったわけではない。
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私は孫たちまで巻き込みたいとはっておらず、会いたいと言われればで事をすることもあった。
ただし。
もう現は渡さなかった。
誕なら本が欲しがっている本や文具を選び、緒に買いにった。孫のが「おばあちゃん、みたいにママにお渡さないの?」と無邪気に聞いたは胸が痛んだが、「これからはおばあちゃんが自分で選んでプレゼントすることにしたの」と答えた。
正也たちは、援助がなくなったことで計をかなり見直したらしい。額なや旅を減らし、歩美も週4パートへるようになった。以ならそれを聞いて「かわいそうだからしそうか」と考えただろうが、今は働いて収入を得ることが罰だとはわなかった。
むしろ正也から、「自分で活費を計算するようになって、母さんが毎15万円送ってくれていたことのさがやっと分かった」と言われた。私は素直に「そう」とだけ答えた。褒める必も、責める必もなかった。
歩美との関係はまだぎこちなかった。
ある、孫の学事で顔をわせた、彼女は以とは違って控えめに挨拶をした。帰り際にきりになると、「パート先で60代の方と緒に働いているんです」と突然話し始めた。
その女性は族の介護をしながら働いており、自分よりずっと忙しいのに周囲へ気を配るだという。
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歩美はしばらく黙ったあと、「はを取ったって、が余ってるとってました」と言った。
私は何も言わず続きを待った。
「お義母さんのことも、仕事辞めてにいるんだから暇だって……勝にってました」
それは謝罪というより、ようやく自分の考え方を言葉にした瞬だったのかもしれない。私は「暇かどうかと、誰かのためにを使いたいかどうかは別の話よ」と答えた。
歩美はさく頷いた。
その、彼女からおの話は度もなかった。
それだけで分だった。
私は彼女をすぐ以のようにへ招こうとはわなかったし、信頼が元通りになったともっていない。信頼は、おのように度渡せば終わるものではなく、毎のさな態度でしずつ積みげるものなのだと、今になってよく分かる。
夫はそんな私に、「昔より息子たちと距ができたけど、より関係はまともなんじゃないか」と言った。確かにそうかもしれない。以は頻繁に連絡を取り、銭にもく結びついていたが、そこには私のが提としてしていた。
今は違う。
できないことはできないと言う。
嫌なことは嫌だと言う。
会いたいには会う。
助けたいには助ける。
そして。
助けたくないには。
助けない。
親子だからこそ。
そのくらいの距が。
必だったのかもしれない。
あの騒から、ほぼ1が過ぎた。
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