"形見を捨てた嫁の代償" 第1話
私は内正男、68歳になる。
妻をくしてから、もう2が過ぎた。というものは残酷なほど正確に流れていくのに、のに残された妻の気配だけは、しもくなったようにはえなかった。
台所の棚には、妻が好んで使っていたさな湯呑みがある。押し入れには季節ごとに畳んだ類が残り、玄関の靴箱をければ、もう履かれることのない靴がきちんと並んでいる。
それらを処分できないまま、私は2を過ごしてきた。
このは妻の回忌だった。
息子の拓哉から、妻の彩と孫の向を連れて実へくと連絡があった。族3がこのへ来るのは、妻がくなって以来、ほぼ2ぶりだった。
私はの朝から台所にっていた。
特別なものを作ろうとはわなかった。妻が族の集まるに必ず用していた煮物と卵焼き、それだけで分だとったからだ。
根、参、里芋を切り、鍋に入れる。
煮汁のを確かめた瞬、私はわず眉を寄せた。
「やっぱり、おみたいにはならんな」
誰もいない台所で、そんな言葉がからた。
妻の煮物は、もうし甘かった気がする。醤油のりも、私が作るものより角が取れていた。
何度作っても同じにはならない。
それでも、回忌のくらいは妻が族へ作っていた料理を並べたかった。
卵焼きも焼いた。
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妻はし砂糖をめに入れるだった。私は昔から甘い卵焼きが好きではなかったが、息子の拓哉は子供の頃から妻の卵焼きが好物だった。
拓哉が学だった頃、運会の朝になると、妻はまだ暗いうちから弁当を作っていた。
台所から甘い卵の匂いが漂ってくると、拓哉は眠そうな顔でやって来て、焼きがった端の部分をつまもうとした。
「まだ駄目よ。お弁当の分がなくなるでしょう」
妻はそう言いながらも、最にはさな切れを皿へ置いてやった。
その様子を私は聞越しに見ていた。
あの頃は、それが特別な景だとはわなかった。
いつでも繰り返される、ありふれた族の朝だとっていた。
失ってから初めて、度と戻らないものだったのだと分かった。
料理の準備を終えると、私は押し入れから1枚のエプロンを取りした。
淡いのに、さな柄が散っている。
妻が40使ってきたエプロンだった。
もちろん40、同じ1枚だけを毎使っていたわけではない。それでも妻が番気に入り、何度ほつれても自分で縫い直して使っていたのが、その柄のエプロンだった。
胸元にはし褪せた部分があり、腰紐の端には妻が縫ったさな補修跡が残っていた。
私はそれを捨てられなかった。
妻がくなった、洗濯して畳んでしまっていたが、回忌のには玄関くへ飾ることにした。
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へ入ってきた拓哉が気づいてくれればいい。
できれば向にも見せたかった。
向は妻がくなった頃にはまだ幼く、祖母の記憶はほとんど残っていないはずだった。
だから私は、形見を通してでも妻のを伝えてやりたかった。
「これは、おばあちゃんがずっと使ってたんだよ」
そう話せるが来ればいいとっていた。
翌の昼、玄関のチャイムが鳴った。
扉をけると、拓哉たち3がっていた。
「父さん、久しぶり」
拓哉はし照れくさそうにをげた。
その隣で彩が軽く笑った。
「お邪魔します」
向だけは、私を見るとすぐに表をるくした。
「おじいちゃん!」
その声を聞いた瞬、胸の奥が温かくなった。
「よく来たな、向。きくなったな」
を撫でると、向はし恥ずかしそうに笑った。
3をへ招き入れながら、私は今だけは穏やかなにしたいとっていた。
妻の回忌だ。
揉め事など起きるはずもない。
なくとも、そのの私はそう信じていた。
へ入ると、向は物珍しそうに辺りを見回していた。
2く来ていなかったのだから、以の記憶はほとんど残っていないのだろう。
「ここ、お父さんが子供の頃んでたの?」
「そうだよ」
拓哉が靴を脱ぎながら答えた。
「お父さんの部もある?」
「今は物置みたいになってるけどな」
向は「見たい」
と嬉しそうに言った。
その会話を聞きながら、私はししていた。
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