"形見を捨てた嫁の代償" 第4話
妻を止めようというさもじなかった。
彩はため息をついた。
「またそうやって何でも取っておくから、物が増えるんでしょ」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ何の問題?」
拓哉は答えられなかった。
私は息子の顔を見ながら、胸の奥に別の寂しさをじていた。
幼い頃、妻が番がった息子だった。
妻が作った卵焼きを誰よりび、母のには学帰りにさなカーネーションを買ってきた子だった。
その息子が今、母親の形見をゴミ袋へ入れられても、く言い返せない。
いつからこうなったのだろう。
庭を持てば変わる。
妻と子供を優先するのは当然だ。
私はそうってきた。
だが、くなった母親への最限の敬まで失わなければならないものなのか。
そのだった。
向が子からりた。
さなでゴミ袋のくまで歩き、エプロンを見つめる。
そして彩を見げた。
「でも、おじいちゃんの事なものだもん」
静かな声だった。
を責めるような言い方ではない。
ただ、子供が自分のじたままをにしただけだった。
その言葉が、私には何よりかった。
彩の表がし変わった。
しかしすぐに笑顔へ戻った。
「向は優しいね」
そう言いながら、息子のを撫でる。
「でもね、古いの考えに引きずられると損をするんだよ」
私はその言葉を聞き、もう何も言う気になれなかった。
広告
古い。
つまり私のことだ。
妻も、そのに含まれているのだろう。
古い物。
古い考え。
古い。
価値がなくなれば捨てる。
彩のでは、それらはすべて同じ所に置かれているように見えた。
向は納得していない顔をしていたが、それ以は言わなかった。
私は子へ座り直した。
「事、めるぞ」
それだけ言った。
誰も箸を取ろうとしなかった。
しして拓哉が無理に話題を変えた。
仕事のこと。
向の学のこと。
最買ったもののこと。
私は適当に相槌を打った。
けれど何を聞いてもには入らなかった。
界の端には、ゴミ袋があった。
妻のエプロンが入っている。
それだけが、ずっと気になっていた。
やがて事が終わった。
彩が洗い物を伝うと言ったが、私は断った。
「いい。座っててくれ」
台所へつと、背で3が何か話している声が聞こえた。
私はを流しながら、妻のことを考えた。
もし妻がここにいたら、どうしただろう。
っただろうか。
しんだだろうか。
妻は争いを嫌うだった。
おそらく笑って、「もういいじゃない」と私をなだめただろう。
だからこそ私は、このまま終わらせてもいいといかけていた。
だが、そののために私は1つだけ用していたものがあった。
それは誰かを試すためではなかった。
最初は、ただ拓哉へ今のことを話すきっかけにするつもりだった。
広告
仏壇の横。
わざと目に入りやすい所へ、1通の封筒を置いてあった。
妻がくなってから、私は自分の老について考えるようになった。
68歳。
まだ体はく。
1で買い物にもける。
料理も洗濯も、しずつ覚えた。
それでもいつまでも元気でいられる保証はない。
妻のを経験してから、が当然に来るものではないと考えるようになった。
そこで財産についても理を始めていた。
私には自宅のほか、産があった。
拓哉がさい頃から妻と2で働き、しずつ築いてきたものだった。
決して最初から裕福だったわけではない。
妻は節約だった。
いからとな物を買うことはなく、必なところには惜しまずを使った。
「おは使わなきゃがない。でも、使う相と所は考えないとね」
妻はよくそう言っていた。
その積みねで残った財産だった。
私は以から、いずれ拓哉の族へ残すつもりでいた。
息子が困らないように。
何より向の将来に役ててほしいとっていた。
そのため専へ相談し、遺言についても準備をめていた。
ただし、まだ最終な内容を決めたわけではなかった。
回忌の、私は拓哉にその話をししようとっていた。
そのきっかけとして、仏壇の横へ封筒を置いた。
表には、私自がいた。
「拓哉の族へ」
さらにそのへ、
「マンション2棟・預3000万円 遺言」
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
義母ATM、ハワイへ消ゆ
67歳のみち子は、息子夫婦と孫たちを迎えるため、今年も静かに正月の準備を始めていた。 ところがクリスマスの朝、嫁の歩美から突然告げられる。 「今年は15人で行きますから」 食事、寝具、お年玉、観光費まで、すべて義母であるみち子が用意する前提。さらに歩美は、SNSでみち子を「ATMみたい」と笑い、長年の援助まで馬鹿にしていた。 37年間働き、息子夫婦に2500万円以上を援助してきたみち子は、その日ようやく気づく。 自分は家族に大切にされていたのではない。都合よく使われていただけだったのだ。 そして12月29日。 15人が玄関前に集まった時、家の鍵は開かなかった。 その頃みち子夫婦は、すでに日本にはいなかった――。ATM扱い|親子関係1.8万字5 0 -
完結第12話
タダ宿の代償
64歳の佐々木敦子のもとに、久しぶりに長男・大輔から電話がかかってきた。 連休に家族で帰ってくるという話に、最初は孫に会える喜びを感じた敦子。だが大輔は、当然のようにこう言った。 「母さんの家に泊まるから。ホテル代もかからないし」 しかも泊まりに来るのは、息子一家だけではなかった。嫁の両親、妹夫婦、友人夫婦まで含めた総勢10人。食事、布団、タオル、駐車場、留守番まで、敦子の家はいつの間にか“無料の宿”として扱われていた。 それでも家族のためならと我慢しかけた敦子だったが、旅行の三日前、切れていなかった電話の向こうから、息子夫婦の本音を聞いてしまう。 「母さんの家使えばタダじゃん」 「お母さんってちょろいよね」 その瞬間、敦子の中で何かが静かに切れた。 この家は、3500万円を出して自分が買った家。誰かが当然のように使っていい場所ではない。 翌日、敦子は弁護士へ相談し、玄関の鍵を替える。 そして連休当日。何も知らずに10人で家の前へやって来た息子夫婦を待っていたのは、もう開かない玄関だった――。親不孝|親子関係1.9万字5 0