"形見を捨てた嫁の代償" 第8話
しかしすぐにはへなかった。
度彩の顔を見てから、私のところへ戻ってきた。
そして、何も言わず私のを握った。
さくて温かいだった。
「どうした?」
私が尋ねると、向はし迷ったで言った。
「おじいちゃん、しかった?」
胸の奥を突かれた。
たちが言葉を濁しているで、この子だけは全部じ取っていたのかもしれない。
私はしゃがみ、向と目のさをわせた。
「しな」
「エプロン捨てられたから?」
「そうだな」
向は私のを握ったまま言った。
「僕、おばあちゃんのエプロン、ゴミだとわないよ」
私はしばらく返事ができなかった。
妻の回忌。
本当なら、妻をいして静かに過ごすだけのだった。
それなのに私は嫁に傷つけられ、息子のさに失望し、族というものをもう度考え直すことになった。
けれど最に、孫のさなが私を救ってくれた。
「ありがとう」
私は向のを撫でた。
「おがおばあちゃんのことを覚えてなくても、それでいいんだ」
「いいの?」
「ああ。でも今、おばあちゃんがいたってことだけ覚えて帰ってくれ」
向は頷いた。
「料理がだった?」
「だった」
「卵焼き甘かった?」
「すごく甘かった」
向が笑った。
「じゃあ覚えとく」
私はちがった。
拓哉がその様子をしれたところから見ていた。
息子の目が赤く見えたが、私は何も言わなかった。
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彩も黙っていた。
3が玄関をた、私はしばらくにっていた。
が見えなくなるまで見送る。
のへ戻ると、急に静けさが押し寄せてきた。
卓には使い終えた湯呑みが並び、子がしずれたままになっている。
私は玄関に置いた柄のエプロンをに取った。
彩がゴミ袋からしたにし皺になっていた。
ゆっくり広げる。
何も使われた布は柔らかく、のでさく揺れた。
「変な回忌になったな」
仏壇の妻へ話しかけた。
もちろん返事はない。
それでも私は、妻なら何と言うだろうと考えた。
おそらく彩を方に悪くは言わない。
「若いには若いの考えがあるから」
そんなことを言うかもしれない。
でも私はった。
考え方が違うことと、の切なものを踏みにじることは違う。
理解できなくてもいい。
自分に価値が分からなくてもいい。
ただ、それを切にしているがいるのなら、簡単にゴミと呼んではいけない。
私は妻のエプロンを丁寧に畳んだ。
今度は玄関には置かず、仏壇のの引きしへしまった。
向がになるまで、私が預かる。
そう決めた。
それから私は、正式な遺言について改めて考え始めた。
マンションが何棟あるか。
預がいくらあるか。
誰にどれだけ残すのか。
もちろん、それらも切なことだ。
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があれば、活を助けられる。
向の将来にも役つ。
私がくなった、残されたが困らないよう準備するのも責任だとう。
だが、妻の回忌のに私は気づいた。
残すべきものは、財産だけではない。
妻は、きな財産を自したことなど度もなかった。
しいを買うより、今あるものを直して使うだった。
柄のエプロンもそうだった。
腰紐がほつれれば縫い直した。
ポケットの端が破れれば補修した。
「買い替えればいいだろ」
昔、私が言ったことがある。
すると妻は笑った。
「まだ使えるのにもったいないでしょう」
私はその、ただ節約しているのだとっていた。
今になれば分かる。
妻は物そのものより、そこになったを切にするだった。
く使う。
入れする。
壊れたら直す。
との関係も同じだったのかもしれない。
私は決して派な夫ではなかった。
仕事ばかりしていた期もある。
妻にのことを任せきりにして、謝すらにしなかったもい。
それでも妻は40以、私の隣にいた。
拓哉を育て、を守り、最まで族のことを考えていた。
だからあのエプロンには、値札などつけられない。
品なら数千円もしない品だったかもしれない。
古品として売れば、ほとんど価値などないだろう。
それでも私にとっては、3000万円よりい。
マンション2棟より切だ。
額では測れないからこそ、形見なのだ。
、拓哉から話があった。
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