"青いチョーク" 第4話
それでもは自然にマンションの方へ向かった。
しくからでも青い角が見えた。消されていない。そのことに、自分でも驚くほどほっとした。
ところがづいてみると、昨とは違っていた。青い角の側には黄い太陽があり、側には赤い、そのには緑のが増えていた。太陽には顔が描かれ、がきくへ曲がっている。
青い角のにも変化があった。昨のの隣に、もうさなが描かれている。はをつないでいた。
誰が描いたのだろう。昨の男の子かもしれないし、全く別の子かもしれない。私は壁のにち、らない誰かが自分の落きに続きを描いたという事実を、し議な気持ちで眺めた。
「おばちゃん」
ろから聞き覚えのある声がした。振り返ると、昨の男の子が自転を押して歩いてきた。
「おばちゃんじゃなくて、田です」
し腹がって言うと、男の子は「田さん?」と聞き返した。「そう」と答えると、「の名は?」と平然と聞く。
「どうして教えなきゃいけないの」
「僕は蒼太。青い太ってく」
聞いていないのに自己紹介された。青い太陽のような名だとい、し笑った。
「青が入ってるのね」
「うん。これ、友達が描いた」
蒼太は黄い太陽と赤いを指した。青い角のの目だけは、昨のあとへ帰ってチョークを持ってきて、自分で描いたらしい。
広告
自転の籠から、蒼太はクッキーの空き缶を取りした。蓋をけると、にはくなったチョークが数本入っている。姉がさい頃に使っていたものだという。
蒼太は緑の本を取りし、何の迷いもなく壁へを描き始めた。幹も葉も緑かとえば、葉の部分だけ青い。
「葉っぱが青いの?」
「夜のだから」
「今、昼でしょう」
「絵は夜」
言われるたびに、自分がずいぶん窮屈に物を見ているような気がした。
私は缶からいチョークを借りた。ところが、いざ壁のへつと何を描いていいか分からない。蒼太は私を急かさず、自分のに鳥らしきものをしている。
結局、私はさな丸をつ描いた。
「何?」
「」
「いだけじゃん」
「はいでしょう」
「穴かとった」
私はし考え、「じゃあ穴でもいいわよ」と言った。昨なら、はだと言い張っていたかもしれない。
そのうち、蒼太の友達らしい女の子がやって来た。「また描いてる」と言いながら寄り、が私を見て「この誰?」と聞いた。蒼太はし考え、「田さん。絵描く」と答えた。
「違うわよ」と私は吹きした。
「描いてるじゃん」
確かに描いていた。
の女の子もチョークを借り、猫やハートを描き始めた。30分ほどすると、昨までだった角がずいぶん賑やかになった。
犬を散歩させていた女性がを止め、「かわいいわね」
広告
と言った。子どもたちは得そうな顔をし、私は自分が褒められたわけでもないのにし嬉しかった。
その晩、美紀から話があった。
「お母さん、元気?」
「普通よ」
「最ちゃんとてる?」
「てるわよ」
「どこってるの?」
「散歩」
「で?」
私はしだけ黙った。
ではなかった。けれど63歳の母親が、らない学と壁へ落きをしていると聞けば、娘はどんな顔をするだろう。
「に誰とくのよ」
そう答えた。
話を切ると、のに静けさが戻った。壁の計は午7を回り、例のはもう消えていた。
器棚を見ると、夫の湯呑みがある。その横に、私の指から落ちたらしい赤いチョークのがほんのしついていた。
私はティッシュを取った。
けれど、拭かなかった。
それから週ほどで、壁の絵はしずつ増えていった。蒼太がいないにしい絵が現れることもあり、誰が描いているのか分からないものがくなった。
きな猫。が8本ある犬。の。「宇宙の学」とかれた建物。カレーライスらしい茶い塊。子どもだけではなく、が描いたような丁寧な桜の枝や、さなコーヒーカップも現れた。
ある朝には、「今もおつかれさま」とい文字でかれていた。
私はその文字をしばらく見た。誰に向けたものなのか分からない。それでも自分にも言われているような気がして、そのは帰りにパンへ寄った。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
タダ宿の代償
64歳の佐々木敦子のもとに、久しぶりに長男・大輔から電話がかかってきた。 連休に家族で帰ってくるという話に、最初は孫に会える喜びを感じた敦子。だが大輔は、当然のようにこう言った。 「母さんの家に泊まるから。ホテル代もかからないし」 しかも泊まりに来るのは、息子一家だけではなかった。嫁の両親、妹夫婦、友人夫婦まで含めた総勢10人。食事、布団、タオル、駐車場、留守番まで、敦子の家はいつの間にか“無料の宿”として扱われていた。 それでも家族のためならと我慢しかけた敦子だったが、旅行の三日前、切れていなかった電話の向こうから、息子夫婦の本音を聞いてしまう。 「母さんの家使えばタダじゃん」 「お母さんってちょろいよね」 その瞬間、敦子の中で何かが静かに切れた。 この家は、3500万円を出して自分が買った家。誰かが当然のように使っていい場所ではない。 翌日、敦子は弁護士へ相談し、玄関の鍵を替える。 そして連休当日。何も知らずに10人で家の前へやって来た息子夫婦を待っていたのは、もう開かない玄関だった――。親不孝|親子関係1.9万字5 0 -
完結第12話
義母ATM、ハワイへ消ゆ
67歳のみち子は、息子夫婦と孫たちを迎えるため、今年も静かに正月の準備を始めていた。 ところがクリスマスの朝、嫁の歩美から突然告げられる。 「今年は15人で行きますから」 食事、寝具、お年玉、観光費まで、すべて義母であるみち子が用意する前提。さらに歩美は、SNSでみち子を「ATMみたい」と笑い、長年の援助まで馬鹿にしていた。 37年間働き、息子夫婦に2500万円以上を援助してきたみち子は、その日ようやく気づく。 自分は家族に大切にされていたのではない。都合よく使われていただけだったのだ。 そして12月29日。 15人が玄関前に集まった時、家の鍵は開かなかった。 その頃みち子夫婦は、すでに日本にはいなかった――。ATM扱い|親子関係1.8万字5 0 -
完結第10話
形見を捨てた嫁の代償
妻の三回忌の日、68歳の竹内正男は、久しぶりに帰ってくる息子一家のため、亡き妻がよく作っていた煮物と甘い卵焼きを用意していた。 孫に妻の思い出を伝えようと、正男は40年間大切に使われてきた花柄のエプロンを見せる。それは妻が家族のために台所に立ち続けた証であり、正男にとって何より大切な形見だった。 しかし嫁の彩花は、そのエプロンを何のためらいもなくゴミ袋へ放り込む。 「古いものは整理した方がいいですよ」 その一言で、正男の中の何かが静かに崩れた。 ところがその後、彩花は仏壇の横に置かれた一通の封筒を見つける。そこに書かれていたのは、マンション2棟と預金3000万円、そして遺言書という文字。 次の瞬間、さっきまでゴミ扱いしていた形見を、嫁は突然「大切にします」と言い出した。 形見の本当の価値は、金で測れるものなのか。 亡き妻が残したエプロンをめぐり、家族の本音が静かに暴かれていく。親不孝|親子関係1.5万字5 0 -
完結第11話
雪峠の五発
2006年11月15日、長野県北部。 その年最初の雪が降り始めた高木峠へ、1人の巡査が向かった。展望台に不審な車があるという匿名通報を受け、霧谷慎也は「確認だけ」のつもりでパトカーを走らせる。 だが午後6時15分、現場到着を知らせる無線を最後に、慎也からの連絡は途絶えた。 雪の展望台に残されていたのは、鍵のかかったパトカーと、車内に置かれた制帽と手袋。慎也本人だけが、吹雪の峠から忽然と姿を消していた。 事故なのか、事件なのか。誰かに連れ去られたのか。それとも、自ら山へ入ったのか。 妻と幼い娘は、答えのないまま13年を過ごすことになる。 そして2019年春。雪解けの斜面から、慎也が持っていた古い懐中電灯が見つかった。 13年間沈黙していた峠が、初めて返した小さな手がかり。 その光の先に隠されていたのは、匿名通報の本当の意味と、雪の下に封じられていた一夜の真実だった。ミステリー|行方不明1.7万字5 0 -
完結第13話
青いチョーク
63歳の田中澄江は、夫を亡くしてから2年間、午後4時になると必ず家を出るようになっていた。 夕方の光が差し込む居間には、亡き夫の湯呑みと、言葉にできない寂しさだけが残っていた。そんなある日、取り壊し前の小学校の前で、澄江は一本の青いチョークを拾う。 何気なく引いた一本の線。灰色の壁に描いた小さな青い四角。 それはただの落書きのはずだった。けれど、その壁に一人の少年が現れ、やがて子どもたちや町の人々が少しずつ色を足していく。 消えては描かれ、また雨に流されるチョークの絵。 夫を失った悲しみの中で止まっていた澄江の午後4時は、いつしか少しずつ違う色を持ち始める。 一本の青いチョークが、空白になった人生に静かな線を引いていく物語。人生逆転1.9万字5 0 -
完結第12話
ETCに残らない白バイ
2003年春、千葉県の高速道路を巡回していた女性白バイ隊員・水島舞が、サービスエリアで忽然と姿を消した。 監視カメラには、彼女が白バイを降りて建物へ入る姿が残されていた。だが、その18分後、白バイに乗って走り去ったのは舞ではなく、ヘルメットで顔を隠した見知らぬ男だった。 舞本人も、白バイも見つからない。料金所の記録にも、ETCログにも、その後のはっきりした足取りは残っていなかった。 結婚を控えていた婚約者、娘の帰りを待ち続ける両親、そして答えを出せないまま止まった捜査。 10年後、古い監視映像を最新技術で解析した時、画面の隅に映っていた“あるもの”が、事件を再び動かし始める。 白いバイクは、どこへ消えたのか。 そして水島舞が最後に見た人物とは――。ミステリー|行方不明1.7万字5 0 -
完結第10話
忘れられなかった一つの名前
昭和32年、父・佐藤隆一は、古びた軍服のボタンを何十年も大切にしまっていた。 家族が「もう捨ててもいいのでは」と言っても、父は決して手放そうとしなかった。 しかし、父の死後、そのボタンの裏に刻まれた見知らぬ男の名前が、息子・健一の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ父は、一つの古いボタンを守り続けたのか。 そこには戦争の記憶ではなく、時代を越えて守られた、一人の青年との約束が隠されていた――。昭和1.5万字5 0