"米寿の席で外された嫁" 第9話
あるの、千鶴がへやって来た。客がないを見計らったらしく、には古い型を抱えていた。松堂で使った梅の型で、欠けた部分があり、今は倉庫へしまわれている物だった。
「これ、あなたが番に抜いていたから」
子は受け取らなかった。型は松堂の備品であり、千鶴が個に譲ってよいか分からない。借用するなら耶と浩の承を取り、期を記録したいと説した。
「何でも、って。私があげると言ってるのよ」
「お義母さんが悪いだからではありません。で記憶や話が違ったに、誰かを疑わないためです」
千鶴は満そうに型を抱え直した。それから突然、米寿ののことをにした。「あの、し脅せば、あなたは慌てて残るとったの」
子は初めて聞く理由だった。千鶴は耶へを任せる方、子には自分の世話と繁忙期の伝いを続けさせるつもりだった。親族のでをげれば、居所を失うのが怖くなり、以より従うとったという。
「本当に辞めるなんてわなかった」と千鶴は言った。
謝罪ではなかった。自分の見込みがれたことを残がっているようにも聞こえた。それでも、子は義母が初めて自分の図を言葉にしたことを受け止めた。
「私は、お義母さんに負けないために辞めたんじゃありません。
広告
あのまま残れば、自分で自分を粗末にするとったからです」
千鶴はく黙り、型を持って帰った。数、耶から正式な借用とともに型が届いた。使用期は1か。では梅の匠を使った試作品を作り、松堂にも販売分を納める共同企画になった。
初回の納品、松堂からへ代が振り込まれた。さらに封筒がつ届き、には千鶴の与から払ったというさな注文があった。《梅の菓子を10個。代は私が払います》とかれていた。
子は値引きせず、領収を発した。義母が初めて子の仕事へ自分のを払った注文だった。
《菓子ひかり》のから1、子たちは初めて決算を迎えた。売は当初の計画にわずかに届かなかったが、与と仕入れ代を払い、額の利益を残すことができた。誰かの無労働をせば黒字になる、という計算は度もしなかった。
文子は週3の勤務へ減らし、子と若い職員が製造を分担した。子は代表になっても、誰よりく来ることを自分の役目にはしなかった。作業は交代制にし、休むは業務連絡を見ない。最初はだったが、自分がいないにもは問題なくいた。
松堂の借もしずつ減っていた。浩は返済を続け、耶は商品数を増やし過ぎず、達也は次の数字を族へ共した。
広告
千鶴だけは「昔の方が繁盛していた」と言い続けたが、息子たちはその言葉を理由に嫁たちへ無理を求めなくなった。
達也との暮らしは、以の形には戻らなかった。子は週に2度、仕事仲と夕を取り、達也も自分で事を用した。互いの予定を先に確認し、義母の通院は息子2で分担する。夫婦だから何でも共するのではなく、頼むことと引き受けることをつずつ確かめた。
結婚記、達也は米寿祝いの集写真を持ってきた。写真館でしく焼き直し、裏面に付をいたという。
「捨てた方がいいとっていた。でも、おは残していたんだな」
「あのを無かったことにすると、今の約束も曖昧になるから」
子は写真を受け取り、へ飾ることはせず、自宅の引きしへ戻した。写真のの千鶴は誇らしげに笑い、達也は何もらない顔で座り、子は端で盃を持っている。その数分に何が告げられるか、写真だけを見るには分からない。
翌、で商品の撮をした。文子、子、職員の3が作業台のろへ並び、焼きがった菓子をに置いた。誰が族で、誰が経営者かではなく、そのそこにいた働くとして写った。
撮が終わると、若い職員が「もっとくに並びますか」と尋ねた。子は、今のままでいいと答えた。それぞれが腕をかせるだけのがあり、無理に肩を寄せなくても同じ枚に入っている。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
捨てられた夏の肖像
次女・夏が生まれた日、夫は赤ん坊の顔を見るなり言い放った。 「この子は俺の子じゃない」 長女は夫にそっくりなのに、次女はまったく似ていない。たったそれだけの理由で、私は浮気を疑われ、DNA鑑定で親子関係が証明されても、夫と義母は夏を認めようとしなかった。 そして私は、生まれたばかりの次女だけを連れて家を追い出される。 残された長女には会えないまま、10年が過ぎた。 ところがある日、成長した夏とショッピングモールを歩いていた私は、夫と義母、そして長女と偶然再会する。 そこで彼らは、夏の姿を見て言葉を失った。 10年前、「他所の子」と罵られた次女には、彼らが知らない大きな秘密があった――。因果応報|人生逆転1.8万字5 0 -
完結第14話
銀行にいた偽妻
60歳の斎藤かよ子は、夫・剣一を大阪出張へ送り出したはずだった。 しかし午前11時17分、銀行から一本の電話が入る。 「ご主人が、奥様と同じ名前の若い女性と一緒に来店されています」 その女性は、かよ子の名前を名乗り、住所や生年月日、家族の情報まで正確に答えていた。しかも夫は、その女を自分の妻として銀行に紹介し、かよ子名義の資産に関わる重要な手続きを進めようとしていた。 ただの浮気ではない。夫は、かよ子の服装、癖、署名、人生の記録までも利用し、“もう1人の妻”を作り上げていた。 37年間信じてきた夫が、本当に奪おうとしていたものは財産だけだったのか。 そして、何も知らない妻を演じ続けたかよ子が、最後に銀行で見せた反撃とは――。人生逆転|夫婦2.1万字5 0 -
完結第12話
娘の結婚式で夫は愛人を新しい妻と紹介した
52歳の由美は、27年間連れ添った夫・剣一との夫婦関係がすでに壊れていることを知りながら、一人娘・美穂の結婚式までは何も起こさないと決めていた。ところが披露宴の最中、剣一は180人の招待客を前に、34歳の愛人・理香を「これからの妻になる人です」と紹介する。会場が凍りつき、娘が青ざめる中、由美は怒鳴りも泣きもせず、静かに立ち上がって拍手した。「あなたの本性を、私が説明する手間が省けました」。すると突然、新郎の父・誠が由美の前まで歩み寄り、深く頭を下げる。「これまで、本当によく耐えてこられました」。そして彼が口にした「準備はできています」という一言に、夫の表情が変わった――。人生逆転|不倫|熟年離婚1.8万字5 0 -
完結第13話
閉じ込められた臨月の妻
妊娠38週、予定日まであと12日の加奈。夫が海外出張へ出た2日後、突然訪ねてきた義両親は「様子を見に来た」と言いながら、家事や学歴を責め続けた。そして義母に促され、家庭用サウナの中を確認しようと入った瞬間、背後で扉が閉まる。外側には南京錠。スマートフォンまで奪われた。「私たちから息子を奪った罰よ」。そう言い残し、義両親は5泊7日の温泉旅行へ出発した。水もなく、いつ陣痛が始まってもおかしくない密室。しかし加奈には、義両親が知らないことがあった。このサウナは、かつて一級建築士だった加奈自身が安全設計に関わった機種だった――。嫁姑|親子関係|修羅場2.0万字5 0 -
完結第11話
席次表から消された母
25年間、血のつながらない息子・亮を育ててきた奈津子。 幼い頃の発熱、不登校、受験、就職、そして結婚。どんな時もそばにいて、亮からはずっと「母さん」と呼ばれてきた。 しかし結婚式を目前にしたある日、夫は奈津子に告げる。 「本当の母親へ席を譲ってくれ」 突然現れた亮の実母・真理子。奈津子は自分の25年間が否定されたような痛みを抱えるが、式の3日前、真理子から思いがけない連絡が届く。 「私は、あなたの席を奪いたいなんて一度も言っていません」 さらに明かされたのは、亮に毎年送られていたはずの手紙の存在だった。 なぜ手紙は届かなかったのか。 誰が、二人の母親と一人の息子の時間を止めていたのか。 結婚式直前、25年間隠されてきた家族の嘘が静かにほどけ始める――。絶縁|親子関係1.7万字5 0 -
完結第11話
ママ卒業の代償
7歳の孫・ひなが、突然学校へ行けなくなった。 息子夫婦から頼まれ、しばらく預かることになった私は、玄関に立つひなの姿を見て言葉を失う。昔はよく笑い、庭を走り回っていたあの子が、まるで感情をなくしたように無表情になっていたのだ。 声をかけても返事はなく、夜中には眠りながら何度も「ママ、ごめんなさい」と繰り返す。学校で何かあったのだと思っていた私たち夫婦は、ひなを責めず、ただ安心できる場所を作ろうとした。 少しずつ笑顔を取り戻していくひな。そんなある日、一緒にクリスマスケーキを作っていると、彼女は涙を浮かべてこう言った。 「助けて。私を、この家の子供にして」 その一言で、私たちは本当の異変に気づき始める。 ひなが怖がっていたのは、学校ではなかった。そして、母親がネット上で見せていた“理想の母親像”には、誰も知らない大きな嘘が隠されていた。 それから16年後。 パティシエになったひなのもとへ、1本の電話がかかってくる。そこから明かされたのは、あの日すべてを捨てて“ママを卒業した”女の、その後の姿だった。祖父母と孫|親子関係1.7万字5 0 -
完結第12話
7階に戻るな
70歳の高橋恵子は、夫を亡くしてから6年、都心のマンションで静かに暮らしていた。 ある夕方、いつものように買い物帰りのエレベーターに乗った彼女は、隣人の老人・木村から一枚の紙切れを渡される。 「病気のふりをして、次の階で降りろ。絶対に7階へ戻るな」 意味も分からないまま指示に従った直後、エレベーターの中で木村は命を落とす。さらに残された紙には、「このマンションでは、誰も信じるな」と書かれていた。 なぜ木村は恵子を逃がしたのか。なぜ7階へ戻ってはいけなかったのか。 やがて事件は、6年前に事故死したはずの夫・優一郎の死、息子夫婦の秘密、そしてマンションから消された5分間へとつながっていく。 たった一枚の紙切れが、穏やかな老後に隠されていた真実を暴き出す――。因果応報|人生逆転1.8万字5 0 -
完結第13話
福嫁の逆転茶屋
江戸の日本橋にある茶屋「泡雪屋」の若旦那・宗介は、店の立て直しのため、評判の商人・泉屋五兵衛の娘を妻に迎えることになる。 宗介が望んでいたのは、江戸でも噂になるほど美しい姉・お花だった。美しい女将がいれば、傾きかけた店にも客が戻る。そう信じていたからだ。 しかし、五兵衛が宗介に差し出したのは、お花ではなく、ふくよかで目立たない妹・福だった。 祝言の日、客たちは陰で笑い、宗介自身も心のどこかで落胆を隠せなかった。だが、福が作る菓子と入れる茶は、少しずつ泡雪屋の空気を変えていく。 派手ではないのに忘れられない味。人の心の奥にしまわれた記憶を呼び起こす菓子。福は、宗介が見落としていた“商いで本当に大切なもの”を静かに見せていく。 やがて泡雪屋は、思いがけない形で評判を取り戻していく。 なぜ、泉屋五兵衛は美しい姉ではなく、福を宗介に嫁がせたのか。 そして若旦那が、かつて落胆した嫁に深く頭を下げることになった理由とは――。嫁姑|夫婦1.9万字5 0 -
完結第10話
終電の風呂敷
昭和36年の冬、東京郊外の小さな私鉄駅に、毎晩必ず終電だけに乗る老婦人がいた。 午後11時38分。灰色の着物に黒い羽織、そして胸に抱えた紺色の風呂敷包み。彼女はいつも同じ時間に現れ、同じ行き先――工場前駅までの切符を買っていく。 昼間には一度も姿を見せず、帰りの切符も買わない。翌朝戻ってくる姿を見た者もいない。それなのに、次の夜になると、老婦人はまた何事もなかったように駅へ現れる。 若い駅員・高木修一は、次第にその風呂敷の中身と、彼女が毎晩終電に乗る理由が気になっていく。 そして小雪の降る夜、高木は初めて老婦人の後を追った。 終電の先にあったのは、眠らない工場街と、夜勤を終えて戻ってくる幼い少女たちの姿。老婦人が風呂敷をほどいた時、高木はようやく知ることになる。 彼女が毎晩運んでいたのは、ただの荷物ではなかった。 誰にも頼まれず、名前も残さず、昭和の片隅でそっと続けられていた小さな恩返し。その温もりが、時代を越えて誰かの心に受け継がれていく――。人生逆転|真相1.4万字5 0