"退職と書かれた娘たち" 第2話
その次のはトヨだった。
19歳のトヨはこのところ咳が続いていた。作業にも何度も胸を押さえ、顔が悪かったため、フミたちは医務へくよう勧めていた。それでも本は「休んだらが減る」と言い、薬だけもらって械のへ戻っていた。
の夜、トヨはい布団ので何度も咳き込みながら、「いつかのくで暮らしたい」と話していた。
翌朝、そのトヨもいなくなった。
「また実へ帰ったんですか」
フミが尋ねると、舎監のトメは瞬だけ顔をげた。
「そうだよ」
「でも、荷物が全部残ってます」
「あとで送るんだろう」
その返事を聞きながら、フミは棚のに残されたトヨのさな裁縫箱を見た。には母親からもらったという針刺しが入っており、トヨはいつも「これだけは絶対なくしたくない」と言っていた。
それを置いて、自分から故郷へ帰るだろうか。
寄宿舎では、しずつ噂が広がった。
「病気になった子は、夜のうちにから追いされるんじゃないか」
「裏から荷に乗せられてるのを見たってがいる」
「何か問題を起こした子を、黙って辞めさせてるんだよ」
けれど誰も声では話さなかった。
に逆らえば、自分も仕事を失う。が途絶えれば、故郷へを送れなくなる。では、そのを当てにして暮らしている者がいる。
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フミも、できるなら何も見なかったことにしたかった。
自分までを追われれば、弟の清は学を辞めなければならないかもしれない。母から届くにはいつも、「無理をしすぎるな」とかれていたが、そのには決まって「今も助かった」とあった。
黙って働くことが、自分にできる唯の親孝だとっていた。
になるまでは。
10の終わり、阪の朝晩にはしずつたいが混じるようになっていた。寄宿舎のい窓硝子から入り込むを防ぐため、女たちは古聞や布切れを隙へ詰めた。には息苦しいほど暑かった部も、がづくと今度は底えがした。
その夜、フミと千代は消灯もさな声で話をしていた。
千代は川の農の娘で、フミより1歳だった。故郷のには両親と兄夫婦がおり、千代のはほとんど全額がへ送られていた。本はいつか阪で裁縫を習い、を縫う仕事がしたいとよく話していた。
「来のになったら、私、ここ辞めるかもしれん」
布団ので千代が突然言った。
フミは驚いて横を向いた。
「裁縫所へくの?」
「違う」
かりので、千代の顔がし張っているのが分かった。
「結婚することになった」
「誰と?」
「の乾物の。42歳だって」
フミは言葉を失った。
千代はまだ17歳だった。
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相には度も会ったことがなく、すでに妻をくしてさな子供が2いるという。千代の父親がその商から借をしており、娘を嫁にせば残りを帳消しにすると言われたらしかった。
「嫌だって言ったの?」
フミが尋ねると、千代はさく笑った。
「言えるわけないよ」
その声はるくしようとしていたが、目だけは笑っていなかった。
「お父ちゃんは、これでが助かるってんでる。兄さんも、いい話だって。私が断ったら、みんな困るから」
フミは何か励ます言葉を探したが、見つからなかった。
自分だって似たようなものだった。父が病気になり、にがないから阪へ来た。誰かに無理やり汽へ乗せられたわけではないが、「自分がくしかない」とわされる状況があれば、それは本当に自分で選んだことと言えるのだろうか。
「逃げたら?」
フミはわず言った。
千代は驚いた顔でこちらを見た、しばらくして首を横に振った。
「どこへ?」
その言で、フミも黙った。
を辞めてもく所がない。阪には頼れる親戚もなく、女で部を借りるもない。職を探すにも紹介が必で、見らぬ娘を雇ってくれるなど簡単には見つからない。
逃げがないから、皆「仕方がない」と言うのだ。
翌はだった。
千代は受け取ったの半をいつも通り故郷へ送った。
残ったでフミと緒に芋菓子を買い、寄宿舎の裏で半分ずつべた。結婚の話をした夜のことなどなかったように笑っていたが、フミにはその笑顔が無理をしているように見えた。
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