"預かったままの革靴" 第7話
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完結第11話
名札を戻せなかった夏
昭和19年、学童疎開の列車に乗った二人の少女は、ほんのいたずらのつもりで胸の名札を取り替えた。 「明日になったら戻そうね」 そう笑って交わした小さな約束。けれど、戦争はその約束を簡単には戻せないものにしてしまう。 東京大空襲、家族の消息不明、終戦直後の混乱。迎えのない子どもたちが不安の中で待つ寺に、ある日、一人の伯母が現れる。 「桐生美津子を引き取りに来ました」 その時、立ち上がったのは、本当の美津子ではなかった。 たった一枚の名札が、二人の人生を入れ替えてしまう。 そして21年後、古い疎開写真に残された違和感が、封じられていた真実を静かに呼び覚ます――。昭和1.6万字5 0 -
完結第10話
質屋に出された夫の時計
大正12年9月1日、関東大震災の混乱の中で、千代の夫・信介は日本橋近くの建築会社へ出勤したまま消息を絶った。 会社の建物は崩れ、火災も広がり、周囲は「もう助からないだろう」と口にした。けれど千代だけは、夫の死を受け入れられずにいた。 そんな中、近所の質屋から信介の懐中時計が見つかる。結婚の時、千代が贈った大切な時計。それを持ち込んだのは、信介とは別の見知らぬ男だった。 なぜ、夫の時計が質屋にあったのか。 さらに信介の机からは、千代の知らない鍵と、本郷の下宿の住所が書かれた紙片が見つかる。まとまった金の引き出し、汽車の切符、秘密の部屋――。 夫は震災を利用して、家族を捨てようとしていたのか。 疑いと悲しみに揺れる千代がたどり着いた先には、信介が最後まで隠し続けた、もう一つの真実が待っていた。昭和1.5万字5 0 -
完結第12話
家族写真の左端
明治42年、信州の城下町で生糸問屋を営む高瀬家は、初めて一家そろって写真館を訪れた。 紋付き袴の父、着物姿の母と子どもたち、そして椅子に座る祖母。出来上がった写真には、たしかに家族全員が写っていた。 しかし、背景の柱のそばに、誰も知らない若い男が一人だけ立っていた。 撮影の日、その場にいたのは高瀬家の者だけだったはず。しかも男の姿は、まるで古い記憶が重なったように薄く写っていた。 写真を見た祖母は、震える声で一つの名前を呟く。 「宗吉……」 家族の誰も聞いたことのないその名前は、高瀬家が長い間封じてきた過去へとつながっていた。 なぜ、その男の存在は家族から消されていたのか。 一枚の失敗写真が、明治の商家に隠された“もう一人の家族”の真実を静かに浮かび上がらせていく。昭和|兄弟姉妹1.8万字5 0 -
完結第11話
退職と書かれた娘たち
大正7年、大阪の町外れにある紡績工場では、毎月のように一人の女工が姿を消していた。 帳簿にはただ「退職」と記されるだけ。だが、消えた娘たちの荷物は寄宿舎に残されたままだった。櫛、手鏡、故郷からの手紙、大切にしていた着物まで――本当に自分の意思で帰ったのなら、なぜ何も持っていかなかったのか。 16歳のフミは、その不自然さに気づきながらも、家族への送金のために黙って働き続けていた。 しかし、親友の千代まで突然「退職者」として消えた時、フミは初めて工場の闇に足を踏み入れる。 病気、借金、望まぬ縁談、そして古い賃金台帳に隠された記録。 「退職」という二文字の裏で、若い女工たちは何を奪われ、何を守ろうとしていたのか――。昭和1.6万字5 0 -
完結第10話
尋ね人が呼んだ母の旧姓
昭和33年の冬、夕食後の茶の間に流れていたラジオの「尋ね人」で、15歳の和夫は思いがけない名前を耳にする。 「旧満州より引き揚げた、旧姓・高橋文子さんを探しています」 それは、母の結婚前の名前だった。 さらに放送では、東京に住む19歳の女性が、文子を「母」と記憶していると告げられる。家族が凍りつく中、母は突然ラジオを消し、「知らない人よ」とだけ言って口を閉ざした。 翌朝、母は一枚の書き置きを残して東京へ向かう。 本当に母には、家族に隠していた娘がいたのか。なぜ戸籍にも記録がないのか。そして、戦後の混乱の中で文子がついた「ひとつの嘘」とは――。 ラジオから流れた一つの旧姓が、13年間閉ざされていた家族の過去を静かに開いていく。昭和1.5万字5 1 -
完結第10話
忘れられなかった一つの名前
昭和32年、父・佐藤隆一は、古びた軍服のボタンを何十年も大切にしまっていた。 家族が「もう捨ててもいいのでは」と言っても、父は決して手放そうとしなかった。 しかし、父の死後、そのボタンの裏に刻まれた見知らぬ男の名前が、息子・健一の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ父は、一つの古いボタンを守り続けたのか。 そこには戦争の記憶ではなく、時代を越えて守られた、一人の青年との約束が隠されていた――。昭和1.5万字5 0