"質屋に出された夫の時計" 第2話
蓋のにあるさな傷。
度壊れて直した鎖の留め。
違えるはずがなかった。
結婚した。
実から持たせてもらったの部で、千代が信介へ贈った計だった。
震える指で裏蓋をける。
そこには、今でも文字が残っていた。
「正74 千代より信介へ」
「……どうして」
千代は計から目をせなかった。
「どうして、これが伊勢さんにあるんです?」
主はすぐには答えなかった。
やがてい調で言った。
「今の昼過ぎ、の男が持ってきたんです」
千代が顔をげる。
「男?」
「30代半ばくらい。着物は埃だらけで、額に傷があった」
その男は、計を買い取ってほしいと言ったという。
主が尋ねた。
――これはあんたの物か。
男はく答えた。
――拾ったんです。
震災の直だった。
には財も荷物も散乱している。
拾い物を持ち込む者がいても、珍しいことではなかった。
しかし裏蓋の刻印を見て、主は信介をいした。
「し待ってくれと言って、奥へ入ったんです」
「それで?」
「戻ったら、男はいなくなっていました」
計だけを残して。
千代は掌のの懐計を見つめた。
信介が会社で瓦礫のになったのなら。
なぜ夫の計を、らない男が持っていたのだろう。
そして何より。
「拾った」と言っただけで。
その男は、どこで拾ったのかを言も話していなかった。
震災から3目。
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千代は懐計を胸元へしまい、朝から避難所を歩き回った。
学。
寺。
公園。
広。
怪が運び込まれた所には必ずを運び、「桜井信介という男はいませんか」と尋ねた。
38歳。
肉背。
の眉尻にさな傷。
黒っぽい着物に、革鞄を持っていた。
何度説しても、返ってくるのは首を横に振る仕ばかりだった。
「似たようなは勢来ているからねえ」
「名まで分からないもいるよ」
そう言われるたび、千代は別の所へ向かった。
んだとはいたくなかった。
しかし懐計が戻ってきてから、別の疑いがに入り込んでいた。
信介は計を落としたのか。
誰かに奪われたのか。
それとも――。
自分から渡したのか。
その考えだけは、すぐに打ち消した。
あの計は信介が切にしていた。
朝、をるに必ず刻をわせていた。
鎖が壊れたも、しいものを買うのではなく修理して使い続けた。
夫が簡単に放すとはえない。
質の主にも、もう度話を聞いた。
「本当に何も言わなかったんですか」
「拾った。それだけです」
「所も?」
「聞こうとしたんですがね」
主は眉を寄せた。
「奥へって戻ったら、もういなかった」
千代は男の特徴をへき留めた。
30代半ば。
額に傷。
埃まみれの着物。
そして数。
伊勢の主が突然、千代のまで訪ねてきた。
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は傾いていたものの、奇跡に全焼を免れていた。千代は昼だけ戻り、使えそうな物を理していた。
「奥さん」
主は玄関で息を切らしていた。
「いしたことがある」
「何ですか」
「あの男の袋です」
「袋?」
主は何度か自分の記憶を確かめるように頷いた。
「いがいっぱいついてたんですよ」
千代は首を傾げた。
「じゃないんですか?」
「いや。焼け跡のとは違う」
伊勢は古くから建築職にもを貸していたため、材料のことには詳しかった。
「あれはみたいだった」
。
その言葉を聞いた瞬、千代は黙った。
信介の勤める丸田組は、建築会社だった。
裏には資材置きがあり、セメントやも扱っている。
計を持っていた男は。
信介の会社のくにいたのかもしれない。
千代はそのの午、崩れたを避けながら丸田組のあった辺りへ向かった。
建物は半ば潰れ、周囲には焼けた材と瓦礫が積みなっていた。
何かの社員や職が、使える資材や帳面を探している。
そこで信介と同じ部署にいた男を見つけた。
「奥さん」
男は千代を見ると、子を取った。
「信介さんのこと、まだ……」
「分かっていません」
千代は計の話をした。
男も驚いた。
「懐計が?」
「会社のくで拾われた能性があります」
男はしばらく考え込んだ。
「でも信介さん、当は朝から事務所にいましたよ」
「最に見たのは?」
「昼です」
震が来る直。
信介は資材関係の帳面を広げ、司と何か話していたらしい。
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