"質屋に出された夫の時計" 第6話
千代はその顔を見て、息を止めた。
30代半ば。
頬がこけている。
額には、まだしい傷跡。
伊勢の主が話していた男の特徴そのものだった。
男は千代の顔を見るなりくをげた。
「申し訳ありませんでした」
千代は何も言えなかった。
「計を……質へ持っていったのは私です」
男の声は震えていた。
「名は吉勝次といいます。官をしています」
「夫をっているんですか」
「……はい」
千代は男をのへ入れた。
湯をす余裕もなかった。
向かいに座る。
「話してください」
吉は膝ので拳を握った。
「91、私は丸田組の裏の資材置きで仕事をしていました」
その、震が起きた。
事務所棟の部が崩れた。
資材置きの壁も倒れ、何かの職がへ閉じ込められた。
吉もそのだった。
「信介さんは……」
吉の喉が詰まった。
「度、へ逃げてたんです」
千代の目がきくなる。
「助かっていた?」
「はい」
震直。
信介は事務所からへていた。
きな怪もなく、くのまで避難していた。
そのまま逃げていれば。
おそらくきていた。
ところが。
裏から助けを求める声が聞こえた。
職が取り残されている。
「信介さんは戻ってきました」
「……どうして」
「私たちをすためです」
崩れた壁の部に、が通れる程度の隙があった。
信介は側から瓦礫をかし、の職へ声をかけた。
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。
また。
狭い隙からへした。
「私は最の方でした」
吉は額の傷へ触れた。
「ようとした、またきな揺れが来た」
壁がさらに崩れた。
吉は何かにを打ち、識を失った。
目を覚ました。
周囲は煙と埃で何も見えなかった。
信介の姿もない。
ただすぐくに、の計が落ちていた。
「拾いました」
吉は顔を伏せた。
「誰の物か分からなかった。あのは本当に何も考えられなかった」
そのまま計を持って避難した。
も焼けた。
財布もない。
仕事具も失った。
数、ろくにべる物もなかった。
「だから……売ろうとしました」
千代は黙って聞いていた。
「質で裏の文字を見られて、主の顔が変わった。それで初めて、自分が何をしてるのか分かったんです」
怖くなった。
逃げた。
「本当に申し訳ありません」
吉は畳へ額をつけた。
千代はしばらく何も言えなかった。
りはあった。
しかしそれ以に。
つの事実が胸を埋めていた。
信介は震で即座にくなったのではない。
度は助かっていた。
その、自分ので戻った。
「夫は……その、どうなったんですか」
吉は首を横に振った。
「分かりません」
「壁のに?」
「探しました。でもが迫ってきて……」
確かなことは言えない。
遺体も確認できなかった。
千代は唇を噛んだ。
夫は最まで帰ってこなかった。
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けれど。
どうして帰らなかったのか。
しだけ答えが見えた。
吉はちがろうとして、何かをいしたように戸を見た。
「もうつあります」
「何ですか」
「今、それを返すために来ました」
へる。
しばらくして。
吉はといにまみれた革鞄を抱えて戻ってきた。
千代の息が止まった。
見覚えがある。
毎朝。
信介が同じで持ってていった鞄だった。
革鞄の留め具は壊れかけていた。
表面には乾いたがこびりつき、片側にはいのようなが残っている。
「どこで、これを?」
千代が尋ねる。
吉は答えた。
「計を拾った所からしれたところです」
震災の数。
もう度資材置きのくへ戻った、崩れた壁際に革鞄が挟まっていた。
信介の名がかれたがにあったため、持ち帰った。
「でも、計のこともあって……すぐには持って来られませんでした」
吉は恥じるように俯いた。
「怖かったんです」
千代は責めなかった。
鞄を膝のへ置いた。
留め具をす。
にはに濡れた類が何枚も入っていた。
資材の納品。
検査記録。
帳簿の写し。
松葉荘で見つけた帳簿と同じ数字が並んでいる。
信介は震災の。
証拠を持って会社へっていたのだ。
さらに底から、封筒がつてきた。
表にかれた文字。
「千代へ」
千代の指が止まった。
夫の字だった。
封はされている。
震災のにかれたものだ。
けるのが怖かった。
これを読めば。
夫が何を考えていたのか、本当に分かってしまう。
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