"終電の風呂敷" 第4話
何度もをげる者がいれば、「の昼まで取っておく」と事そうに懐へ入れる者もいる。
は、その景を見ながら胸の奥がくなるのをじた。
毎晩。
終。
呂敷。
それらを勝に謎めいたものにしていた自分が恥ずかしくなった。
老婦が運んでいたのは、ただの握り飯だった。
けれど女たちの顔を見れば、「ただの」と呼ぶことが違っていることはすぐに分かった。
「幸子ちゃん、今はべたの?」
老婦がの柄な女に尋ねた。幸子と呼ばれた女は目をそらし、「堂でべたよ」と答えたが、すぐに隣の女が笑った。
「嘘。昼から何もべてないよ」
「だって、今もうおないんだもん」
幸子は恥ずかしそうに言った。料のくを実へ仕送りしてしまい、自分の元に残るはわずかだったらしい。
老婦は何も叱らなかった。
「じゃあつ持っていきなさい」
「でも、みんなの分が……」
「今はく作ったから丈夫」
老婦はそう言って、つ目の握り飯を女のに載せた。幸子はし迷った、両で握り飯を包み込むように持ち、「ありがとう」とさく言った。
その瞬。
は自分の母親をいした。
実をる朝。
母は弁当箱へ米をぎゅうぎゅうに詰め、「京じゃ何でもがかかるんだから、腹だけは減らすんじゃないよ」と言った。
広告
は照れくさくてまともに返事もしなかったが、今になって、その言葉が違う形で胸へ戻ってきた。
女たちは握り飯を受け取ると、寮の玄関へ消えていった。最に残ったが、「おばちゃん、こんなのまで来なくてもいいんだよ」と言った。
老婦は呂敷を畳みながら笑った。
「のだから来たんじゃないの」
「どうして?」
「寒いは、余計にお腹が減るでしょう」
女は黙った。
そして、突然老婦の背へを回した。
「おばちゃん、ありがとう」
老婦は驚いたようにし体を固くしたが、やがて女の肩を軽く叩いた。叱るでも、泣くでもなく、「ほら、邪をひくからく入りなさい」と言った。
はそれ以見ていられなくなり、静かに来たを戻ろうとした。
ところが。
「駅員さん」
背から声がした。
のが止まった。
振り返ると。
老婦がこちらを見ていた。
「そんなところにいたら、あなたまで邪をひきますよ」
どうやら。
最初から。
気づかれていたらしい。
は翌、勤務から何となく落ち着かなかった。昨夜、老婦に気づかれていたことが恥ずかしく、今夜も彼女が来たらどんな顔をすればいいのか分からなかった。森田には何も話さず、いつも通り切符を並べ、改札鋏の刃を布で拭いてを過ごした。
午1138分。
老婦はやって来た。
広告
いつもの。
いつもの呂敷。
そして。
いつもの穏やかな顔。
「まで、枚お願いします」
が切符をすと、老婦は銭を置いた。昨夜のことには触れず、そのままこうとしたため、の方から呼び止めた。
「あの、昨はすみませんでした」
老婦はち止まった。
「勝についてってしまって」
がをげると、老婦はし困ったように笑った。っている様子はなく、むしろこちらが謝ることを議にっているようだった。
「駅員さんですもの。変な婆さんが毎晩同じに乗ったら、気になりますよね」
そう言われ、は余計に申し訳なくなった。それでも今度は、以から聞きたかったことをにした。
「どうして、毎晩あの子たちに握り飯を?」
老婦の表が変わった。
笑顔が消えたわけではない。
ただ。
どこかいところを見るような目になった。
しばらくして、彼女は待のの子に腰をろした。終まではまだ数分あり、に客もいなかった。
「うちにもね、娘がいたんですよ」
老婦は呂敷を膝のへ置き、両で結び目を撫でた。
4。
娘は15歳だった。
潟県のあいのさなで、両親と4の弟妹と暮らしていた。には田畑があったが、それだけで子供たち全員を学へ通わせるのは難しく、学を卒業すると娘は京で働くことを選んだ。
「京へけばお料がもらえるから。私、毎送るよって」
発の。
娘はきな柳李を抱えて駅へ向かった。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
捨てられた夏の肖像
次女・夏が生まれた日、夫は赤ん坊の顔を見るなり言い放った。 「この子は俺の子じゃない」 長女は夫にそっくりなのに、次女はまったく似ていない。たったそれだけの理由で、私は浮気を疑われ、DNA鑑定で親子関係が証明されても、夫と義母は夏を認めようとしなかった。 そして私は、生まれたばかりの次女だけを連れて家を追い出される。 残された長女には会えないまま、10年が過ぎた。 ところがある日、成長した夏とショッピングモールを歩いていた私は、夫と義母、そして長女と偶然再会する。 そこで彼らは、夏の姿を見て言葉を失った。 10年前、「他所の子」と罵られた次女には、彼らが知らない大きな秘密があった――。因果応報|人生逆転1.8万字5 0 -
完結第14話
銀行にいた偽妻
60歳の斎藤かよ子は、夫・剣一を大阪出張へ送り出したはずだった。 しかし午前11時17分、銀行から一本の電話が入る。 「ご主人が、奥様と同じ名前の若い女性と一緒に来店されています」 その女性は、かよ子の名前を名乗り、住所や生年月日、家族の情報まで正確に答えていた。しかも夫は、その女を自分の妻として銀行に紹介し、かよ子名義の資産に関わる重要な手続きを進めようとしていた。 ただの浮気ではない。夫は、かよ子の服装、癖、署名、人生の記録までも利用し、“もう1人の妻”を作り上げていた。 37年間信じてきた夫が、本当に奪おうとしていたものは財産だけだったのか。 そして、何も知らない妻を演じ続けたかよ子が、最後に銀行で見せた反撃とは――。人生逆転|夫婦2.1万字5 0 -
完結第12話
娘の結婚式で夫は愛人を新しい妻と紹介した
52歳の由美は、27年間連れ添った夫・剣一との夫婦関係がすでに壊れていることを知りながら、一人娘・美穂の結婚式までは何も起こさないと決めていた。ところが披露宴の最中、剣一は180人の招待客を前に、34歳の愛人・理香を「これからの妻になる人です」と紹介する。会場が凍りつき、娘が青ざめる中、由美は怒鳴りも泣きもせず、静かに立ち上がって拍手した。「あなたの本性を、私が説明する手間が省けました」。すると突然、新郎の父・誠が由美の前まで歩み寄り、深く頭を下げる。「これまで、本当によく耐えてこられました」。そして彼が口にした「準備はできています」という一言に、夫の表情が変わった――。人生逆転|不倫|熟年離婚1.8万字5 0 -
完結第13話
離婚後に生まれた息子
10年間の不妊治療の末、「子供もできなかった」と姑に責められ、夫・健一から離婚を告げられた38歳の由美。ところが離婚から2週間後、最後に受けた治療が実っていたことが判明する。由美は悩んだ末、元夫には知らせず、実家で1人の男の子を出産した。それから1か月。離婚から10か月後のある日、玄関に現れたのは健一と、彼が再婚する28歳の美香だった。「来月、結婚式をするんだ」と招待状を差し出そうとした健一。しかし、由美の腕に抱かれた赤ん坊を見た瞬間、その笑顔が消える。「その子……まさか俺の?」。10年間「子供を産めない妻」と責められ続けた由美の人生が、そこから大きく動き始める。夫婦|真相|修羅場2.0万字5 0 -
完結第13話
青いチョーク
63歳の田中澄江は、夫を亡くしてから2年間、午後4時になると必ず家を出るようになっていた。 夕方の光が差し込む居間には、亡き夫の湯呑みと、言葉にできない寂しさだけが残っていた。そんなある日、取り壊し前の小学校の前で、澄江は一本の青いチョークを拾う。 何気なく引いた一本の線。灰色の壁に描いた小さな青い四角。 それはただの落書きのはずだった。けれど、その壁に一人の少年が現れ、やがて子どもたちや町の人々が少しずつ色を足していく。 消えては描かれ、また雨に流されるチョークの絵。 夫を失った悲しみの中で止まっていた澄江の午後4時は、いつしか少しずつ違う色を持ち始める。 一本の青いチョークが、空白になった人生に静かな線を引いていく物語。人生逆転1.9万字5 0 -
完結第12話
7階に戻るな
70歳の高橋恵子は、夫を亡くしてから6年、都心のマンションで静かに暮らしていた。 ある夕方、いつものように買い物帰りのエレベーターに乗った彼女は、隣人の老人・木村から一枚の紙切れを渡される。 「病気のふりをして、次の階で降りろ。絶対に7階へ戻るな」 意味も分からないまま指示に従った直後、エレベーターの中で木村は命を落とす。さらに残された紙には、「このマンションでは、誰も信じるな」と書かれていた。 なぜ木村は恵子を逃がしたのか。なぜ7階へ戻ってはいけなかったのか。 やがて事件は、6年前に事故死したはずの夫・優一郎の死、息子夫婦の秘密、そしてマンションから消された5分間へとつながっていく。 たった一枚の紙切れが、穏やかな老後に隠されていた真実を暴き出す――。因果応報|人生逆転1.8万字5 0 -
完結第10話
米寿の席で外された嫁
米寿祝いの席で、義母は親族の前で突然言った。 「秋子さんには、明日から店へ来てもらわなくて結構です」 33年間、朝早くから和菓子店《松月堂》を支えてきた秋子。餡を練り、注文を管理し、繁忙期には夜まで働いてきた日々は、義母の一言で“家族の手伝い”として片づけられた。 しかも店から外された秋子に、今度は義母の通院や世話を任せるつもりだった。 何も言わず席を立ったその夜、秋子は古い段ボール箱の中から、亡き義父が残した一通の封筒を見つける。 そこに入っていたのは、秋子を守るための遺言ではなかった。 店の帳簿に隠されていた不自然な金の流れ、説明されていない借金、そして義父が最後まで言えなかった家族の秘密。 「家族だから」という言葉の下で、誰が何を背負わされていたのか。 33年間奪われてきた時間と仕事の価値を、秋子が静かに取り戻していく物語。人生逆転|嫁姑|親子関係1.5万字5 1