"十六歳の毒薬花嫁" 第6話
座敷で争えば、その瞬に追いされる。父も証拠を持たぬまま正しさだけを訴え、結果として罪にされたのだから、同じを歩くわけにはいかなかった。
庭の半ばまで戻った、ろから茂が追ってきた。「義姉」と呼ばれ、凛が振り向くと、茂は顔を悪くしたまま声で言った。
「あの付は、昨父が帳で自分でいたものです」
凛は目を細めた。「なぜ、それを私に教えるのですか」と尋ねると、茂は俯いたまましばらく言葉を探した。父が帳面の数字を触っていることにはから々気づいていたが、逆らえば自分もを失うとい、何もできなかったのだという。
「でも、あのをいている、私はわざとい墨をすりました。義姉なら気づくとったんです」
茂はそう言うと、返事も待たず逃げるようにった。凛は細い背を見送りながら、このには蔵を恐れて沈黙している者が、自分が考えていた以にいことをった。
その夜は、に度の祖先供養のだった。の者が仏へ集まり、廊には線のりとい読経の声が漂っていた。凛は帳のにち、懐から細い針を取りした。
鍵へ触れる指がえてうようにかなかったが、度目にさな音がして錠がれた。戸をわずかにけ、灯をく持ったままへ入ると、湿ったと古い墨の匂いがこもっていた。
広告
壁際の棚には分い帳面が冊並んでいた。最初の冊をいた瞬、凛は息を止めた。薬を仕入れた数量と、藩へ納めたと記されている数量が致していない。
だけなら、き違いに見えるほどの差だった。しかし、、と遡って並べると、毎同じ割でしずつ薬が抜かれている。帳面の数字そのものが、このでい何かがわれてきたことを語っていた。
「お父さんが見つけたのは、これだったんだ……」
凛は声を漏らしそうになり、すぐを押さえた。だが帳面を持ちせば、自分が盗として捕らえられ、父と同じように証言そのものを潰される。写し取るにはがりず、今は証拠の所と内容を覚えるしかなかった。
最の頁を閉じかけた、別の欄が目に入った。そこには薬の名ではなく、複数の名と額が並んでいる。郡の商だけでなく役らしき名まであり、そのに湊を診てきた医師の名もあった。
崎玄庵。
凛は帳面を閉じた。
父の汚名。
薬の横流し。
そして湊の病。
つの来事が、初めて本の線でつながり始めた。
翌朝、何もらない顔で崎玄庵が敷へ現れた。湊の脈を取ると、驚いたように「これは見違えるほど戻っておりますな」と言い、澄はぶりに見せる堵の表で医者の顔を見つめた。
広告
玄庵はしばらく考え込んだ、「このようなに押しする処方がございます」と、しい薬を使うことを勧めた。
「珍しい薬を使いますので、々値は張ります」
「は構いません。息子がてるようになるなら、いくらでも」
澄は即答した。そののうちに玄庵が用したというしい薬が届き、いつもの包みとは別にいで丁寧に包まれていた。凛が台所へづこうとすると蔵の代に止められ、「これは医者自らの処方だから嫁は触るな」と言われた。
夜になる頃、奥のから鳴ががった。凛が駆けつけると、湊は胸を浅くさせ、は氷のようにえているのに額には量の汗が浮かんでいた。布団ので体が刻みに痙攣し、枕元の茶碗にはを刺すほどい匂いの薬が残っていた。
澄が凛の腕を掴んだ。「おが何をませた」と問い詰めてきたため、凛は「今の薬は私が作っておりません」と必に答えた。澄は「では誰だと言うのです」と叫び、凛は庭の向こうへ目を向けた。
のそばに蔵がいた。
ってきた様子もない。
慌ててもいない。
その顔を見た瞬、凛には分かった。
この男は、こうなることを待っていた。
玄庵は夜半に戻り、湊の容体を診た、「病が最にく燃えがることがある。ここ数が峠でしょう」と告げた。
蔵の代たちはすぐにその言葉を敷へ広め、翌朝には「嫁が薬を変えたから若旦が悪化した」
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
消された妻の逆転乾杯
夫の昇進祝いの宴席で、佐木美和は信じられない光景を目にする。 35年間連れ添ってきた夫・孝志が、120人の招待客の前で、若い愛人を「妻です」と紹介したのだ。 本当の妻である美和は、会場の端の席に座らされ、まるで無関係な招待客の一人のように扱われていた。夫からは事前に「今日だけは黙っていろ」と言われていた。 けれど、美和は怒鳴らなかった。 ただ静かにグラスを持ち上げ、夫と愛人に向かって乾杯した。 なぜなら彼女は、17年間にわたって夫が奪い続けてきた功績、不正に使われた経費、そして自分の名前を消された証拠を、すでに会長へ渡していたからだ。 祝福の拍手が響く中、会長がゆっくりと立ち上がる。 「佐木君。今の紹介で、最後の確認が取れた」 その一言で、夫の栄光の夜は、崩壊の始まりへと変わっていく――。夫婦|第二の人生|不倫1.4万字5 0 -
完結第14話
銀行にいた偽妻
60歳の斎藤かよ子は、夫・剣一を大阪出張へ送り出したはずだった。 しかし午前11時17分、銀行から一本の電話が入る。 「ご主人が、奥様と同じ名前の若い女性と一緒に来店されています」 その女性は、かよ子の名前を名乗り、住所や生年月日、家族の情報まで正確に答えていた。しかも夫は、その女を自分の妻として銀行に紹介し、かよ子名義の資産に関わる重要な手続きを進めようとしていた。 ただの浮気ではない。夫は、かよ子の服装、癖、署名、人生の記録までも利用し、“もう1人の妻”を作り上げていた。 37年間信じてきた夫が、本当に奪おうとしていたものは財産だけだったのか。 そして、何も知らない妻を演じ続けたかよ子が、最後に銀行で見せた反撃とは――。人生逆転|夫婦2.1万字5 0 -
完結第14話
35万円の空冷蔵庫
大晦日、妻の弓が35万円かけて用意した正月料理が、冷蔵庫から一つ残らず消えていた。 持ち去ったのは、夫・健一の母と弟。松阪牛、タラバガニ、有名料亭のおせちまで奪いながら、彼らは笑ってこう言い残す。 「明日はカップ麺でも食べてなさい」 20年間、“長男の嫁”として姑に尽くし続けてきた弓。いつか本当の家族として認めてもらえると信じ、理不尽な仕打ちにも耐えてきた。 しかし、その夜、健一は知ってしまう。食材を奪っただけでは終わらない、母と弟が5年前から隠し続けていた金の秘密を。 元日の新年会。食卓に並んだのは、豪華な料理ではなく一箱のうどんだけ。 だが、襖の向こうには親戚たちが集まり、20年間隠されてきた佐藤家の本性を静かに聞いていた――。兄弟姉妹|夫婦2.1万字5 3 -
完結第13話
離婚後に生まれた息子
10年間の不妊治療の末、「子供もできなかった」と姑に責められ、夫・健一から離婚を告げられた38歳の由美。ところが離婚から2週間後、最後に受けた治療が実っていたことが判明する。由美は悩んだ末、元夫には知らせず、実家で1人の男の子を出産した。それから1か月。離婚から10か月後のある日、玄関に現れたのは健一と、彼が再婚する28歳の美香だった。「来月、結婚式をするんだ」と招待状を差し出そうとした健一。しかし、由美の腕に抱かれた赤ん坊を見た瞬間、その笑顔が消える。「その子……まさか俺の?」。10年間「子供を産めない妻」と責められ続けた由美の人生が、そこから大きく動き始める。夫婦|真相|修羅場2.0万字5 0 -
完結第11話
夫の娘は、私にだけ謝った
結婚34年目、夫は突然こう告げた。 「娘が見つかった。だから離婚してほしい」 夫には、結婚前に生まれていたもう一人の娘がいた。しかも夫は、その娘のために今の家庭を離れ、父親としてやり直したいと言う。 しかし、真由美が初めて会った“夫の娘”綾香は、なぜか彼女に頭を下げた。 「私のせいで離婚しないでください」 夫は本当に、最近になって娘の存在を知ったのか。なぜ綾香は、父親ではなく真由美に会おうとしたのか。 やがて明らかになるのは、36年前に封じられた手紙と、12年前から夫が隠し続けていた事実だった。 突然現れた娘は、家庭を壊しに来たのではなかった。 34年続いた夫婦の中で、誰も口にしなかった本当の問題を、静かに照らし出していく――。夫婦|親子関係1.6万字5 0 -
完結第10話
隠し子を知っていた55歳妻
結婚30年。55歳の律子は、61歳の夫・正典から突然「好きな人がいる」と告げられる。相手は34歳の女性。そして2人の間には、3歳の男の子までいた。しかし律子は驚かなかった。「れん君でしょう? 1年前から知っていました」。夫の顔から血の気が引く。離婚届を差し出されても、律子は微笑んで「離婚しません」と拒否した。夫への愛が残っていたからではない。この1年間、弁護士への相談、財産や年金の確認、仕事探しまで、誰にも知られず自分の人生を立て直す準備をしていたからだ。30年間、自分の人生を夫の都合で決められてきた妻は、最後の別れの日だけは自分で選ぶと決めていた――夫婦|不倫1.4万字5 0 -
完結第13話
福嫁の逆転茶屋
江戸の日本橋にある茶屋「泡雪屋」の若旦那・宗介は、店の立て直しのため、評判の商人・泉屋五兵衛の娘を妻に迎えることになる。 宗介が望んでいたのは、江戸でも噂になるほど美しい姉・お花だった。美しい女将がいれば、傾きかけた店にも客が戻る。そう信じていたからだ。 しかし、五兵衛が宗介に差し出したのは、お花ではなく、ふくよかで目立たない妹・福だった。 祝言の日、客たちは陰で笑い、宗介自身も心のどこかで落胆を隠せなかった。だが、福が作る菓子と入れる茶は、少しずつ泡雪屋の空気を変えていく。 派手ではないのに忘れられない味。人の心の奥にしまわれた記憶を呼び起こす菓子。福は、宗介が見落としていた“商いで本当に大切なもの”を静かに見せていく。 やがて泡雪屋は、思いがけない形で評判を取り戻していく。 なぜ、泉屋五兵衛は美しい姉ではなく、福を宗介に嫁がせたのか。 そして若旦那が、かつて落胆した嫁に深く頭を下げることになった理由とは――。嫁姑|夫婦1.9万字5 0 -
完結第11話
荷造りの日に消えた夫の行き先
7年間、脳梗塞で倒れた夫・修一を支え続けてきた香織。 仕事を辞め、食事も薬も通院もすべて管理し、夫が再び歩けるようになるまで寄り添ってきた。ところが回復した修一が最初に告げたのは、感謝ではなく「離婚してほしい」という言葉だった。 理由は、妹のいる新潟で暮らしたいから。 香織は、自分の7年間がすべて否定されたように感じる。だが荷物を整理する中で、夫が密かにつけていた一冊のノートを見つける。そこには、香織への感謝と罪悪感、そして誰にも言えなかった本音が記されていた。 さらに引っ越し当日、迎えに来たはずの義妹が突然言い放つ。 「兄は引き取りません」 夫は本当に妻から逃げたかったのか。義妹はなぜ直前で拒んだのか。そして香織が7年間守り続けていたものは、夫だったのか、それとも自分自身の恐怖だったのか。 介護、夫婦、家族の責任、そして人生の後半をどう生きるかを描く、静かな再出発の物語。夫婦|介護1.6万字5 0