"片胸の息継ぎ" 第1話
庭律子が民プールで働き始めたのは、54歳になっただった。正確には「民スポーツセンター泳施設清掃・巡回スタッフ」というい名称の仕事で、夕方4から夜9半まで、更やシャワールームを掃除し、忘れ物を集め、閉館にはプールサイドのを切る。は以勤めていた学センターよりしかったが、週4でよく、昼に病院へけることが決めになった。
病院へく回数は、もうそれほどくない。3に乳癌が見つかり、胸の全摘術とそのの治療を受けたが、現のところ再発を示すものはないと医師には言われている。それでも半に度の検査がづくと、律子はカレンダーの赤い丸を何度も確認し、終わったあとには次の半分だけ命を借りたような気持ちになった。
誰かにそう話したことはなかった。娘の麻には「結果、丈夫だったよ」とだけ連絡し、妹から「体調どう?」と聞かれれば「普通」と答えた。実際、常活に困るほどの症状はなく、買い物にもくし、にも乗るし、いゴミ袋だって持てるのだから、何が普通ではないのかと説する方が難しかった。
ただ、自分の体だというじが、術よりくなった。
呂に入る、鏡のに胸のが揃っていない自分が映る。傷はもう赤くないし、医師から見ればきれいに治っているのだろうが、律子にはそこだけ別のの皮膚を縫いつけたように見えることがあった。
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触れば覚は鈍く、側とは温度の伝わり方まで違う気がした。
術直は、それを見るだけで苦しかった。ところが3もすると、しいというすられ、代わりに「これはこういう体だ」と説を読むように眺めるようになった。朝起きれば薬をみ、肩が固まらないよう腕をげ、体を測る。それは活というより、壊れないように械を点検する作業にかった。
民プールの仕事を選んだ、妹の奈津子はし驚いた。
「プールって、着のばっかりでしょう。平気なの?」
「私は着ないもの」
律子は答えた。
「そういうじゃなくて」
「じゃあ、どういう?」
奈津子はそれ以言わなかった。
律子自にも、妹が何を配しているのか分かっていた。更では当然、裸になるもいるし、術痕のある女性を見かけることもある。乳を失っただけではなく、腹部にきな傷のある、関節の術痕がある、皮膚のが部分に変わっているもいた。
最初の頃、律子はなるべく見ないようにしていた。見るべきではないとったし、自分が見られる側だったら嫌だともった。しかし働き始めて数ヶすると、利用者たちは律子がっていたほど自分の体を隠していないことに気づいた。
70代くらいの女性が、腹の術痕をそのままにして髪を乾かしている。
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片方の乳を術したらしい女性が、隣の友と夕飯の話をしながら着替えている。太っているも、痩せているも、皮膚がたるんでいるも、ほとんど気にせず着を脱ぎ、を着て帰っていった。
律子には、それが議だった。
自分なら、あんなふうににてないとった。温泉旅も術以来度もっていないし、娘に何度誘われても「がいから」と断ってきた。本当はがいからではなく、のに自分の体を持っていくことが嫌だった。
午7半を過ぎると、子どもの泳教が終わり、施設は急に静かになった。夜の利用者は会社帰りのや齢者がで、プールサイドから聞こえるのはをかく音と、監員の笛くらいになる。律子はそのが好きだった。
閉館40分になると、利用者はさらに減る。面には井のい照が細く映り、が泳ぐたびにそれが崩れては戻った。律子はモップを持ってプールサイドを歩きながら、々その面を眺めた。
泳ぎたいとったことはない。
子どもの頃から泳は得ではなかった。学の授業で25メートル泳げたことはあったが、顔をにつけるのが好きではなく、になってからプールへった記憶もほとんどない。
だから、のにいるたちは自分とは別のき物のように見えた。