"片胸の息継ぎ" 第9話
肺のに古い空気を抱えたままでは、しい空気は入らない。
だからので吐く。
苦しくなるから吐く。
空っぽにする。
そして必になれば、体は勝に吸う。
律子はその考え方がし好きになっていた。
何でも残そうとする必はない。
怖いものを全部抱えてから次へこうとすれば、苦しくなる。
麻との箱根旅が終わったあと、律子は押し入れの理を始めた。
術に使っていた着。
古い補用品。
病院でもらった冊子。
退院の薬袋。
捨てられなかった。
切だからではない。
捨てたら、病気だったまで軽く扱うような気がしていた。
つずつ見る。
必な物だけ残す。
薬袋は捨てる。
古い着も捨てる。
冊子は冊だけ残した。
それで病気が消えるわけではない。
いも消えない。
ただ、部のにし空きができた。
次の曜、律子はまたプールへった。
今回は顔をつけるだけではなく、壁を蹴った。
両腕をへ伸ばす。
体がむ。
ったより速い。
メートルほどでをついた。
臓が鳴っている。
楽しいとはまだ言えなかった。
怖さもある。
でも、もう度やりたいとった。
回目。
回目。
回目。
最には、壁から5メートルの印まで届いた。
律子はから顔をげ、息をした。
誰にも褒められなかった。
それがよかった。
自分の体だけが、できたことをっていた。
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がづく頃、須賀は再び20メートルを越えるようになった。あと数メートルになると必ず苦しくなり、最はってしまう。森本は「距を識しすぎです」と何度も言ったが、須賀は「25って数字が向こうから見てくるんだよ」と真顔で答えた。
律子にもし分かった。
目標が見えると、体よりが先へく。
まだ10メートルある。
あと5メートル。
あと2メートル。
数え始めた瞬、それまで自然にしていたきが急に難しくなる。
律子は休に10メートルまで泳げるようになっていた。
クロールと呼べるほどきれいではない。
腕を回す。
脚をばたつかせる。
息が苦しくなればつ。
それでも、初めて5メートル泳いだより、のにいることへの恐怖は減った。
ある曜、須賀のレッスン、律子はいつもと違う緊張をじた。
森本が言った。
「今は距見ないでいきましょう」
須賀が笑った。
「壁があるから見えるだろ」
「目つぶってください」
「危ないだろ」
「じゃあ見て」
須賀はスタート点にった。
度く息を吸う。
顔をへ入れる。
壁を蹴った。
腕を回す。
が揺れる。
5メートル。
10メートル。
律子は数えないようにした。
それでもの表示で分かる。
須賀の顔がへ向く。
息を吸う。
再び。
体は以ほど沈まない。
途、度きく乱れた。
律子は「つ」とった。
しかし須賀はたなかった。
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脚をばたつかせ、もう度腕を伸ばした。
最の数メートル。
が壁に触れた。
須賀はすぐに顔をげなかった。
両で壁を掴み、しばらくに浮いている。
森本が言った。
「着きましたよ」
須賀が顔をげた。
「何メートル?」
「25です」
須賀は何も言わなかった。
息だけが荒い。
「須賀さん?」
「うるさい」
森本が笑った。
須賀は目元をで拭いた。
なのか涙なのか分からなかった。
「が入った」
「はいはい」
「本当にだ」
律子はれた所から見ていた。
拍するはいない。
のレーンでは、いつも通りが泳いでいる。
監員も特別な反応はしない。
70歳を過ぎたの老が25メートル泳いだ。
世界にとっては、それだけのことだった。
律子は胸がくなるのをじた。
という言葉にするとしげさだった。
羨ましさとも違う。
ただ、その老の体が、何度も失敗したきをしずつ覚え、今つの壁へ届いたことが、ひどく具体な来事として胸に残った。
閉館、須賀が自販売のにいた。
律子も仕事を終えていた。
「おめでとうございます」
初めて自分から言った。
須賀は缶コーヒーを持ちながら笑った。
「見てた?」
「見えました」
「25、かった」
「あんなに苦労したのに?」
「着いたら瞬だった」
須賀は缶をけた。
「議なもんですね。ずっと25メートル先に何かあるとってたけど、何もなかった」
「壁がありました」
「そう。壁だけ」
律子はし笑った。
「じゃあ、もうやめるんですか?」