"7階に戻るな" 第3話
まして自分の息子の妻であり、以族として付きってきた女性なのだから、疑う方がどうかしていると自分に言い聞かせた。それでもさんの怯えた顔をいすと、胸の奥にまれたさな疑は消えてくれなかった。
私はそのの午、息子夫婦の部へくことを決めた。健太の顔を見れば、自分が考えすぎているのだと分かるはずだったし、織と普通に話せば、この馬鹿げた疑いもれるとった。そう自分へ言い聞かせながら、私は8階へ向かった。
801号のインターホンを押すと、すぐ織がてきた。淡いのブラウスに細のパンツをわせ、のにいたとはえないほど髪まできれいにっている。彼女は私の姿を見るなり配そうに眉をげ、「お義母さん、もう戻られたんですか」と優しい声をした。
部のは相変わらずモデルルームのようにっていた。とグレーで統された具は位置まできっちり揃い、テーブルのには余計なものがつもない。以は洗練されているとった空なのに、そのは活の匂いがなさすぎることが、妙に息苦しくじられた。
「母さん、丈夫なのか」
斎から健太がてきた。45歳になった息子は優郎によく似た目元をしており、配そうに私の肩へを置いた。
広告
私はその顔を見た瞬、やはり自分の疑いは馬鹿げているといかけた。
織がコーヒーを淹れ、でリビングへ座った。事件のことをあまり詳しく話してはいけないと警察から言われていたため、私はさんからメモを渡されたことには触れず、彼のことをっているかどうかだけ尋ねた。すると織はし驚いた顔をしたあと、「ええ、会社で会計関係を見てもらっていました」と答えた。
「部の会計士さん?」
「そうです。に何度か帳簿を確認していただく程度でしたし、個な付きいはほとんどありませんでした」
答えは滑らかだった。言葉に迷う様子もなく、警察へすでに何度も説して準備ができているのようにさえ聞こえた。私はそんな考えを打ち消そうと、カップを元へ運んだ。
「さんと、何か揉めていたことはないの?」
私が尋ねると、織はすぐ首を振った。「まさか。会社の数字について厳しいことを言われることはありましたけど、仕事ですから」と微笑む。健太はその横で黙ったまま、自分のコーヒーを見ていた。
「健太は何も聞いてないの?」
私が息子を見ると、彼は拍遅れて顔をげた。「俺は織の会社の細かいことまでらないんだ。最、資繰りがし変だとは聞いてたけど」と言い、それ以は続けなかった。
広告
さんがくなったのに、その関係をく聞こうとしない息子の態度が、私にはしだけ自然に見えた。
織はすぐ話題を変え、「今はここで休んでいってください」と言った。私が断ると、彼女は私のへ自分のをね、「何かあったらいつでも健太さんか私に頼ってくださいね。私たちは族なんですから」と微笑んだ。以ならできたはずのその言葉に、私はなぜか鳥肌がった。
帰ろうとして玄関へ向かうと、織が私のコートを取ってくれた。その、彼女の髪が私の頬くをかすめ、甘いのりがふわりと漂った。級そうなとシャンプーが混ざった、彼女が昔から好んで使っている匂いだった。
私はそのでを止めた。エレベーターから5階へ逃げし、非常階段へ駆け込む直、誰かとすれ違ったような気がしていた。その、混乱したには姿も装も残らなかったのに、同じ甘いりだけが、なぜか記憶の奥へ引っかかっていた。
「お義母さん?」
織が議そうに振り返った。私は顔が変わったことを悟られないように、「しちくらみがしただけ」と笑った。織は配そうに見えたが、その線を受けていると、こちらのの内側まで覗かれているような気がした。
部をたあと、私はエレベーターを使わず階段をりた。
織が5階にいたと決めつける証拠はないし、同じを使うなどいくらでもいる。それでも、なぜさんが私を逃がしたあのに、織と同じ匂いをじたのかという疑問は、消えるどころかますますきくなった。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
捨てられた夏の肖像
次女・夏が生まれた日、夫は赤ん坊の顔を見るなり言い放った。 「この子は俺の子じゃない」 長女は夫にそっくりなのに、次女はまったく似ていない。たったそれだけの理由で、私は浮気を疑われ、DNA鑑定で親子関係が証明されても、夫と義母は夏を認めようとしなかった。 そして私は、生まれたばかりの次女だけを連れて家を追い出される。 残された長女には会えないまま、10年が過ぎた。 ところがある日、成長した夏とショッピングモールを歩いていた私は、夫と義母、そして長女と偶然再会する。 そこで彼らは、夏の姿を見て言葉を失った。 10年前、「他所の子」と罵られた次女には、彼らが知らない大きな秘密があった――。因果応報|人生逆転1.8万字5 0 -
完結第14話
銀行にいた偽妻
60歳の斎藤かよ子は、夫・剣一を大阪出張へ送り出したはずだった。 しかし午前11時17分、銀行から一本の電話が入る。 「ご主人が、奥様と同じ名前の若い女性と一緒に来店されています」 その女性は、かよ子の名前を名乗り、住所や生年月日、家族の情報まで正確に答えていた。しかも夫は、その女を自分の妻として銀行に紹介し、かよ子名義の資産に関わる重要な手続きを進めようとしていた。 ただの浮気ではない。夫は、かよ子の服装、癖、署名、人生の記録までも利用し、“もう1人の妻”を作り上げていた。 37年間信じてきた夫が、本当に奪おうとしていたものは財産だけだったのか。 そして、何も知らない妻を演じ続けたかよ子が、最後に銀行で見せた反撃とは――。人生逆転|夫婦2.1万字5 0 -
完結第12話
娘の結婚式で夫は愛人を新しい妻と紹介した
52歳の由美は、27年間連れ添った夫・剣一との夫婦関係がすでに壊れていることを知りながら、一人娘・美穂の結婚式までは何も起こさないと決めていた。ところが披露宴の最中、剣一は180人の招待客を前に、34歳の愛人・理香を「これからの妻になる人です」と紹介する。会場が凍りつき、娘が青ざめる中、由美は怒鳴りも泣きもせず、静かに立ち上がって拍手した。「あなたの本性を、私が説明する手間が省けました」。すると突然、新郎の父・誠が由美の前まで歩み寄り、深く頭を下げる。「これまで、本当によく耐えてこられました」。そして彼が口にした「準備はできています」という一言に、夫の表情が変わった――。人生逆転|不倫|熟年離婚1.8万字5 0 -
完結第13話
青いチョーク
63歳の田中澄江は、夫を亡くしてから2年間、午後4時になると必ず家を出るようになっていた。 夕方の光が差し込む居間には、亡き夫の湯呑みと、言葉にできない寂しさだけが残っていた。そんなある日、取り壊し前の小学校の前で、澄江は一本の青いチョークを拾う。 何気なく引いた一本の線。灰色の壁に描いた小さな青い四角。 それはただの落書きのはずだった。けれど、その壁に一人の少年が現れ、やがて子どもたちや町の人々が少しずつ色を足していく。 消えては描かれ、また雨に流されるチョークの絵。 夫を失った悲しみの中で止まっていた澄江の午後4時は、いつしか少しずつ違う色を持ち始める。 一本の青いチョークが、空白になった人生に静かな線を引いていく物語。人生逆転1.9万字5 0 -
完結第10話
終電の風呂敷
昭和36年の冬、東京郊外の小さな私鉄駅に、毎晩必ず終電だけに乗る老婦人がいた。 午後11時38分。灰色の着物に黒い羽織、そして胸に抱えた紺色の風呂敷包み。彼女はいつも同じ時間に現れ、同じ行き先――工場前駅までの切符を買っていく。 昼間には一度も姿を見せず、帰りの切符も買わない。翌朝戻ってくる姿を見た者もいない。それなのに、次の夜になると、老婦人はまた何事もなかったように駅へ現れる。 若い駅員・高木修一は、次第にその風呂敷の中身と、彼女が毎晩終電に乗る理由が気になっていく。 そして小雪の降る夜、高木は初めて老婦人の後を追った。 終電の先にあったのは、眠らない工場街と、夜勤を終えて戻ってくる幼い少女たちの姿。老婦人が風呂敷をほどいた時、高木はようやく知ることになる。 彼女が毎晩運んでいたのは、ただの荷物ではなかった。 誰にも頼まれず、名前も残さず、昭和の片隅でそっと続けられていた小さな恩返し。その温もりが、時代を越えて誰かの心に受け継がれていく――。人生逆転|真相1.4万字5 0 -
完結第10話
米寿の席で外された嫁
米寿祝いの席で、義母は親族の前で突然言った。 「秋子さんには、明日から店へ来てもらわなくて結構です」 33年間、朝早くから和菓子店《松月堂》を支えてきた秋子。餡を練り、注文を管理し、繁忙期には夜まで働いてきた日々は、義母の一言で“家族の手伝い”として片づけられた。 しかも店から外された秋子に、今度は義母の通院や世話を任せるつもりだった。 何も言わず席を立ったその夜、秋子は古い段ボール箱の中から、亡き義父が残した一通の封筒を見つける。 そこに入っていたのは、秋子を守るための遺言ではなかった。 店の帳簿に隠されていた不自然な金の流れ、説明されていない借金、そして義父が最後まで言えなかった家族の秘密。 「家族だから」という言葉の下で、誰が何を背負わされていたのか。 33年間奪われてきた時間と仕事の価値を、秋子が静かに取り戻していく物語。人生逆転|嫁姑|親子関係1.5万字5 1