"二十七年目の嘘" 第6話
あなたの名で呼ばれるものは、この世から何つなくなるのよ」
真由の瞳に、見る見るうちに涙が溜まった。
それはしみの涙ではなかった。母親に向けられた、烈な反発の涙だった。
「……それ、全部お母さんの悔でしょ」
真由はく、けれどはっきりと言った。
美智子の息が止まった。
「自分のがい通りにいかなかったからって、私につ当たりしないでよ」
「つ当たりなんかじゃない。私はあなたに――」
「押し付けてるんだよ!」
真由がちがった。テーブルのの湯呑みが、さく音をてて揺れた。
「お父さんがお母さんの内定を隠したかもしれない。お母さんのアイデアを会社で使ったかもしれない。でも、それはお父さんとお母さんの問題でしょ! 私と輔さんには何の関係もないじゃない!」
輔が「真由、落ち着いて」と腕を掴んだが、真由はそれを振り払った。
「私ね、就職するとき、お父さんに言われたことがあるの」
真由の言葉に、美智子は顔をげた。
「お父さんに……?」
「就活のとき、私、迷ってたの。京のきな広告会社からも内定をもらってたの、覚えてる? でも阪に残るか迷ってて、お父さんに相談したのよ」
美智子はらなかった。真由が京の会社からも内定を得ていたことすら、聞かされていなかった。
「お父さん、何て言ったとう?」
真由は涙を拭いもせず、美智子を睨みつけた。
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「『仕事も、結婚も、む所も、全部自分で決めろ』って言ったの。『誰かのために何かを諦めた、なんて顔をしてきるな。自分で選んだなら、どんな結果になってものせいにしなくて済む』って」
美智子のの奥で、カランと何かが崩れ落ちるような音がした。
也が、そんなことを。
「お父さんは、分かってたんだよ」
真由の声が掠れた。
「自分がお母さんにしたことを、ずっと悔やんでたんじゃないの? だから私には、自分で選べって言ったんだよ。そして私は、今、自分で選んでるの! 輔さんと緒にいたいから、仕事を辞めて名古にくの! 誰かに命令されたわけじゃない、私の選択なの!」
真由はハンドバッグをひったくるように持ち、玄関へ向かった。
「真由さん!」
輔が慌てて美智子にくをげ、真由のを追って居をてった。
玄関のドアが閉まり、のエンジン音がざかっていく。
のに、い静寂が戻ってきた。
美智子は子に崩れ落ちるように座った。
誰かのために諦めた、なんて顔をしてきるな。
也のその言葉が、胸ので鈍い痛みを放ち続けていた。
居に残された美智子は、夜が更けるまで微だにできなかった。
計の針がを回ったころ、ようやくちがり、台所でえ切った緑茶を捨てた。
也は分かっていたのだ。
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真由の言葉が、何度も脳裏をよぎる。
也は、自分がにしたことの罪のさを、っていた。
っていたからこそ、娘には「自分で決めろ」「誰かのために諦めた顔をするな」と教えた。
だが、美智子の胸に湧きがったのは、救いではなく、激しいりだった。
なぜ娘には言えて、私には言えなかったのか。
本当に悔していたのなら、なぜ私にをげなかったのか。
「あのはすまなかった」と、なぜ度でも言ってくれなかったのか。
夫は娘に派な父親としての顔を見せ、自分のにあったろめたさを、美しい訓にすり替えて消費しただけではないか。
そして、妻には何もらせないまま、突然んで逃げおおせた。
美智子は斎へ向かった。
部の気をつけると、にはまだ古い写真や類が散らばっていた。
美智子はゴミ袋を枚広げた。
もう、夫のいに浸るような片付けはしなかった。
会社の永勤続表彰の盾。
趣で集めていた級万。
着なくなったスーツ。
全部、械に袋に放り込んでいった。
本棚のいちばん段にを伸ばしたとき、奥の隙に押し込まれていた黒い革のケースが指に触れた。
みがあった。
引きしてみると、埃をかぶったレフカメラだった。
美智子が独代、料のヶ分を貯めて買った、古いニコンの械式カメラだった。
結婚して、子供がまれて、いつのにか見失っていたもの。