"二十七年目の嘘" 第11話
美智子は真由と目を見わせ、ゆっくりと通話ボタンを押した。
話にたのは、広報宣伝部の野だった。
「夜分遅くに申し訳ありません、佐伯さん。先ほどの件、役員会で協議いたしました」
野の声は、昼よりもずっと落ち着いていた。
美智子は背筋を伸ばした。
「はい」
「結論から申しげます。展示パネルのメインクレジットを変更することは、やはり社内規定、叶いませんでした」
「……そうですか」
美智子は静かに答えた。
予していた通りの結果だった。組織の壁は、そう簡単に崩れるものではない。
だが、野の言葉には続きがあった。
「ですが、社が奥様のノートをご覧になりました」
美智子の臓がさくねた。
「社が……ですか?」
「はい。ノートにかれた『は建物ではなく、暮らした跡の積みねである』という文を読まれましてね。『が社が語り継いできた理の原点がここにある。これを隠して展示することは、企業の誠実さに反する』と仰いました」
野はしだけ声を弾ませて言った。
「メインパネルの横に、専用の独した展示ケースを設置することになりました。そこに、奥様のノートの現物と当の写真を展示いたします。キャプションにはこう記す予定です。『本キャンペーンの着の原点となった、佐伯也氏の妻・美智子氏の活記録ノート』と」
広告
美智子は言葉を失った。
目が急激にくなり、喉の奥が詰まった。
「奥様、これでご納得いただけますでしょうか」
「……はい」
美智子の声が震えた。
「分です。本当に……ありがとうございます」
「こちらこそ、切な記録をお預かりさせていただき、ありがとうございました。式典のに内覧会がございますので、ぜひお越しください」
通話を終えた美智子は、スマートフォンを胸に押し当てたまま、しばらくけなかった。
隣にいた真由が、配そうに顔を覗き込んできた。
「お母さん? どうだったの?」
「……展示してくれるって」
美智子は涙をこぼしながら、けれどしっかりと笑った。
「お母さんの名、ちゃんといてくれるって」
真由の目にも再び涙が浮かび、はを取りって抱きった。
週。
美智子は真由を連れて、阪内のホテルで催された記式典の内覧会にを運んでいた。
会の壁面に、会社のの歴史を物語る巨なパネルが並んでいる。
その央、ひと際目つ画に、あののキャンペーンが展示されていた。
『暮らしたが、になる。』
きく引き伸ばされたポスターの横に、スポットライトに照らされたさなガラスケースがあった。
には、角の丸くなった茶いノートがかれて置かれていた。
美智子がに、さなアパートのこたつでいた、あの拙い文字。
広告
その横に、真しいのプレートが添えられていた。
『原案・記録写真 佐伯美智子』
美智子はその文字を、じっと見つめた。
夫の名を奪ったわけではない。
夫の功績を汚したわけでもない。
ただ、夫のの横に、自分のが確かにしていたのだという事実が、公の所に刻まれていた。
会の隅で、スーツ姿の藤本がっていた。
美智子と目がうと、藤本は静かに頷き、さく拍をする仕を見せた。
美智子もく礼を返した。
「お母さん」
真由が美智子の腕にそっとを添えた。
「かっこいいよ」
「そう?」
「うん。すごく誇らしい」
美智子はガラスケースののノートに、のでそっと語りかけた。
也さん。
あなたは私を守ろうとして、私を閉じ込めた。
私の才能を認めていながら、私を恐れていた。
あなたを完全に許すことは、たぶんできないとう。
でも、あなたがこの企画をしてくれたことだけは、信じることにするわ。
会をると、の澄み切った青空が広がっていた。
美智子はきく呼吸をした。
胸のの空気は、ぶりに驚くほど軽かった。
「お母さん、このどうするの?」
真由が尋ねた。
「民センターにかないと」
美智子はバッグから案内ハガキを取りした。
「今からなのよ。あの、町の写真展」
「あ、靴の写真のやつ? 私も見にきたい!」
は並んで駅へと歩きした。
その取りは、どちらも迷いなく、を向いていた。