"母のいない写真" 第2話
畳のに敷き詰めたアルバムは全部で冊あった。黒いベルベットの表はの湿気でし縮み、端のほうが丸まっていた。佐伯直は膝を突き、息を殺しながらページずつ丁寧にめくっていった。
最初はただの偶然だといたかった。経劣化で写真が剥がれ落ちただけではないか、と。しかし、作業をめるにつれて、首筋をいがってくる気は恐ろしい確信へと変わった。
切り抜かれているのは、あの箱根の写真枚だけではなかったのだ。
昭57のから、平成2のに至るまでの。そのに撮られた何百枚もの写真のから、正確に「枚」の母の姿だけが、完璧にくり抜かれていた。
枚目は、昭58の、直が歳になった誕の写真だった。居のダイニングテーブルを囲む景。ケーキにてられた本のろうそくがぼんぼりとっている。その横、本来ならマッチでを灯していたはずの母の姿が、きれいな楕円形に切り取られていた。
写真を慎に台から剥がし、裏を返してみる。やはり、あの見覚えのある青いインクの繊細な跡があった。
『本、私がこのから消えたつ目の理由。』
枚目、枚目、枚目……。直は震えるでアルバムを遡り、該当する写真を枚ずつ取りしていった。
写真はすべて、カッターナイフか剃刀のような極めて鋭利な刃物で、母の体躯の輪郭に沿って精密に切り抜かれていた。
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雑に破られた痕跡は切ない。切りはなめらかで、寸分の狂いもなく母のだけが消失し、背景の壁や旅先の々、卓の料理だけが取り残されていた。まるで、最初からそこに「子」というがしていなかったかのように。
付は、ほぼに枚のペースで刻まれていた。
、昭57412(学の入学式) 、昭58105(直の15歳の誕) 、昭59820(父の昇祝いの夕) 、昭6013(親戚が集まった正の座敷) 、昭6155(端午の節句) 、昭62918(祖母の回忌) 、昭63113(文化のの楽) 、平成元115(成式の) 、平成元812(お盆の帰省) 、平成2214(バレンタインデー) 、平成253(憲法記のバーベキュー) 、平成2714(箱根の温泉旅)
付の横には、それぞれ「つ目の理由」「つ目の理由」とだけかれ、それ以の言葉は添えられていなかった。
「……枚」
直は誰もいない静まり返ったで呟いた。自分の声が奇妙に掠れて聞こえた。
母は、ある突然、発作なに任せてをびしたのではなかった。彼女はという気のくなるようなをかけ、に度、自分自のをこのから慎に削ぎ落としていったのだ。これは突発な失踪などではない。計画で、徹で、沈黙に満ちた「の自殺」
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だった。
直は枚目の写真——あの箱根の温泉旅館の写真をにとった。くり抜かれたく平坦な穴のに、自分の親指をそっとねてみる。指先には、たくい台の触だけが伝わってきた。
父・文雄は、このアルバムの異変に気づいていたのだろうか。
父は性格に非常に几帳面で、に度は必ず押し入れからアルバムを取りし、写真を理する男だった。自分の写真の隣で、妻の姿が毎枚ずつ切り取られていることに気づかないはずがない。
それなのに、父は警察に捜索願をすことすら拒み、直に対しては「勝に男を作っててった女だ」と言い続けていた。
なぜ父は、この切り抜かれた「の穴」を放置したのか。 そしてなぜ、この呪いのようなアルバムを捨ててしまわずに、押し入れの奥くに切に保管し続けていたのか。
直はい取りでちがり、父の斎へと向かった。そこには、父が、決してに触らせなかった黒檀の机が鎮座していた。
昭57412。 帳にき写した最初の付を見つめながら、直は以の記憶の底をくすくいげようとしていた。
あの、自分は元の学の入学式を迎えていた。
記憶の引きしをひっくり返すと、暗いのの景がぼんやりと浮かびがってくる。