"母のいない写真" 第9話
母が自分に度と連絡を寄越さなかった理由。それは、自分を憎んでいたからでも、酷に切り捨てたからでもなかった。直を「息子」という依の枠組みから解放し、同に自分自が再び「母」という無償の奉仕者に逆戻りしてしまう恐怖と闘っていたからなのだ。
島田キヨは、めたほうじ茶のカップに静かに指を添えながら、噛みしめるように言葉を紡いだ。
「子さんはね、あなたの写真を枚だけ、肌さず持っていたのよ。あのの写真集から切り抜いたものではなく、あなたがまだ歳くらいの頃、公園で転んで半べそをかいているさなスナップ写真。それをこの帳の裏ポケットに忍ばせていたわ」
キヨは帳の番ろを指差し、そっと目を細めた。
「でもね、彼女は度だって『息子に会いたい』と取り乱したことはなかった。あなたをしていなかったからじゃないわ。むしろ逆よ。彼女にとって『佐伯子』として過ごしたは獄だったけれど、あなたというそのものを否定したくはなかった。だからこそ、あなたと『母親と息子』という歪んだ関係で再会することを自分に禁じたの。自分が完全に『佐藤子』としてちし、あなたもまたのとして自分のでつまでね」
直は帳の裏ポケットにそっと指を滑らせた。
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そこには確かに、端が擦り切れたさな写真が入っていた。歳の自分が、膝をすりむいて泣きべそをかいている。その背景には、幼い自分を抱き起こそうと伸びてくる、若きの母の優しいのひらだけが写っていた。
直はその写真を胸に押し当て、溢れる涙をこらえ切れずにを垂れた。
「僕は……僕は何もらなかった……。母さんが僕たちのメシを作り、を洗い、のを片付けているのが『当たり』だとっていた。母さんにも名があり、があり、きたいがあったなんてことすら、度も考えたことがなかった……っ」
「責めなくてもいいのよ、直さん」 キヨの声は、まるで母の代わりに語りかけるように柔らかかった。
「あの代の本じゅうの庭が、そうだったのよ。男はで働き、女はを守り、になってを支える。それが『幸福な庭』の型だと誰もが信じ込まされていた。文雄さんも、そして子供だったあなたも、そのシステムので麻痺していただけ。子さんはそのシステムそのものに絶望し、で静かに反旗を翻したの」
キヨは窓のに線を投げかけた。夕暮れの淡いが、織りのに静かなを落としていた。
「彼女はここで、かけて自分のを縫い直したのよ。誰のためでもない、自分のためのを縫い、自分ので稼いだおで米を買い、自分の名でをとっていった。
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子さんはくなる、私にこう言ったわ。『キヨさん、私、この世にまれてきて本当によかった。最ので、私は私になれたから』ってね」
帳を抱きしめる直の肘が、ガタガタと震えていた。 父が守ろうとした世体とプライド。 母が命がけで勝ち取ったのとしての尊厳。 然して、その双方の狭で何もらずに甘受していた自分自の愚かさ。
の母の失踪は、幸な庭劇の破綻などではなかった。の女性が、あまりにも巨な無関という暴力からき延びるための、壮絶な「還劇」だったのだ。
直は涙で濡れた顔をげ、キヨの目をまっすぐに見つめた。
「キヨさん……母さんの記を、最まで読ませてください」
Nをにした佐伯直は、元にあるさな桐の箱を固く抱え直した。列の窓を流れていく夕の景を見つめながら、彼のは刻もく「あの所」へ向かうことを求めていた。
箱根。平成、母・子がこのから完全にを引く、で訪れた最の族旅のだ。
田急線の田原駅からバスに乗り換え、折のを登っていく。の空気はたく澄み切り、杉のの匂いが内にち込めていた。数の歳は、温泉の景をしだけ変えていた。
真しいリゾートホテルや産物が並ぶなか、旧沿いにひっそりと佇む老舗旅館「老松閣」