"没落夫と偽りのお嬢様が堕ちた地獄" 第1話
リビングの苦しい静寂を破るように、カズシは組み替えた腕をく締め直し、正面に座る妻のリエを苛たしげに睨みつけた。元のスマートフォンを机に放りすと、画面がカツンとい音をてる。
「……ったく、母さんたちってるよ。リエが企業を退職したって聞いて、々実に謝りにくからな」
リエは淹れたばかりのマグカップを静かにテーブルへ置き、眉をひそめて夫の顔を見つめ返した。
「え? どうしてそんなことしなきゃいけないの?」
「当たりだろ」
カズシは呆れたように息を吐き捨て、を乗りしてリエを指さした。
「自分がどれだけもったいないことしたか分かってんのか?」
「全然わかんない。もったいなくも何ともないよ」
リエは背筋を伸ばし、濁りのない線でカズシを見据えた。その瞳には微の悔も浮かんでいない。
「だって、ひどい職だったんだよ。まるで規律は軍隊だし、社員を駒としか見てないっていうか。あんな企業がこの代にまだするなんておかしいよ」
「そこはだろ!」
カズシは声を荒らげ、苛ちを隠そうともせずに髪を乱暴にかきむしった。リエは首を横に振る。
「もう無理だったのよ」
「これだからアメリカ育ちはな。わがままだよな」
「は? わがままじゃないでしょ、これ」
「いや、単なるわがままにしか聞こえないぞ」
広告
カズシはで笑い、教え諭すように差し指をててみせた。
「本には『いものには巻かれろ』って言葉があるんだ。それから『功序列』とか『郷に入っては郷に従え』とかさ。読み方分かるか? ってるか?」
リエはややかな目を向け、ため息をついた。
「読めるわよ。もってるわ」
「ってんなら、なんで辞めてきたんだよ! 形式なところは本だけど、根本はアメリカなんだよな。子供代の環境はだってよく分かるよ」
カズシの言葉に、リエはわずかに肩をすくめた。論を引かせる無益さをじながら、努めて静な声を保つ。
「すぐに再就職するから、そんなにらないでよ。おだってあるんだしさ」
「それじゃ俺の親が納得しないんだよ!」
カズシはちがり、苛ちをぶつけるようにリビングを歩き回った。
「そもそも両親は、俺たちの結婚に反対してたんだぞ。名の息子である俺に、おはふさわしくないってな。おは経歴がいかに派でも、実は般庭だろ。名のは、結婚相の柄をするんだからな」
リエはめた瞳で夫の背を見つめた。
「それさ……企業勤めじゃない私には価値がないって言ってるの?」
振り返ったカズシは、悪びれる様子もなく平然と言い放った。
「まあ、そういうでもあるな。おが企業勤めだから、ギリギリ結婚を許してもらえたんだしさ」
広告
「だったら、また企業に就職すればいいだけの話だよね」
「そんな単純な話じゃないんだって!」
カズシは再びテーブルのに戻り、両をついてリエを見ろした。
「両親はおの辞め方についても苦言を呈してる。ののに刃向かって辞めるなんて、名の嫁にあるまじき為だぞ」
リエはわずを仰いだ。
「うわあ……事もらないくせに、先入観で決めつけてる」
「何だと?」
「じゃあ聞くけどさ」
リエはちがり、夫の目をまっすぐに見据えた。
「あなたたちが考える『名の嫁にふさわしい』ってどういうの? 権力を振りかざしてるに媚びへつらって、のではあっかんべーしながらニコニコして、にもないおべっか並べて今のに惨めにしがみつくが、名の嫁にはふさわしいってわけ?」
「おい、何だよお! には気をつけろよ!」
カズシの顔がりで真っ赤に染まった。リエの胸ぐらに掴みかからんばかりに詰め寄る。
「俺はおの夫だぞ!」
「はいはい。夫だから何よ。私より偉いとでもってるわけ?」
「偉いに決まってんだろ!」
カズシは吐き捨てるように鳴った。
「俺より収入がいからって調子に乗るな! 両親と違って、俺は嫁を柄で選ぶつもりはない。でも、おが嫁にふさわしくないっていう親の気持ちも分かるよ。何でもっと控えめでしくて、歩がるくらいに従順になれないんだ!」