"左足だけの靴箱" 第5話
奥さん、ご主に伝えておいてください。『箱を渡さないなら、の現の施誌の原本を、警察と労働基準監督署に持ち込む』とな」
渡辺はそう吐き捨てると、202号の鍵をポケットにねじ込み、に廊をっていった。
夜の静寂が再びアパートを包み込む。
私はドアを閉め、鍵をにかけた。背をドアに預けたまま、ずるずるとにへたり込む。
「現の施誌の原本……」
渡辺の言葉が、の奥でゴロゴロと吉な音をてて響いていた。
の事故。吉岡輝の。偽造された事故原因。
そして、夫が自らので妻の靴を盗み、吉岡静に差しし続けた理由。
すべては、夫が自分の犯した罪を隠蔽し、刑務所にかないための「贖罪の儀式」だったのだ。
吉岡静は、孫を殺した男(夫)に対し、涯の銭補償を求した。そして同に、男が最も切にしている「平穏な庭」をいつでも破壊できるぞという脅迫のシンボルとして、妻である私の「の靴」を奪わせ続けたのだ。
『おの妻の片を、私が握っている。おが度でも支払いを怠れば、この靴を妻に見せ、すべての真相をぶちまけてやる』
それが、吉岡静が夫に突きつけた、最も残忍で病な精神鎖だったのだ。
そして夫は、その鎖をしく受け入れ、にわたって自分の妻の靴を夜にこっそり盗みし、隣の部の老に差しし続けていたのだ。
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私のらないところで、私の靴が、私のが、夫の罪を繋ぎ止める「質」として使われていた。
「ふざけないで……」
暗ので、私のから絞りすような声が漏れた。
涙はなかった。湧きがってきたのは、しみではなく、底なしの激と、氷のようにたい憎悪だった。
夫は私をしていたから秘密を守っていたのではない。自分が助かりたいがために、私を、私の靴を、悪魔との取引の具として利用していたのだ。
そして今、吉岡静がに、今度は産の渡辺が同じように夫を、そして私を揺さぶろうとしている。
私はちがり、居に並べられた12の靴を見ろした。
の使い古された靴と、の輝く品の靴。
「私が……あなたたちのい通りになるとったら違いよ」
私は役所の職務で培った静な脳をフル回転させ始めた。
警察に駆け込めば、夫は逮捕され、がは社会信用を失い、宅ローンと巨額の損害賠償だけが私にくのしかかるだろう。渡辺にを払えば、たかられ続けることになる。
どちらも、私が選ぶべきではない。
私は夫を救うつもりなど毛なかった。だが、夫の罪の連れにされて、私のまで破滅させられることなど、断じて許せなかった。
私はスマートフォンを取りし、役所の法務相談課で付きいのある、方の優秀な弁護士の個番号を呼びした。
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「です。夜分遅くに申し訳ありません。……実の相続と、夫の勤務先でのなコンプライアンス違反、および婚内での資産隠蔽について、至急ご相談したい件がございます」
画面のかりが、私の顔をく浮かびがらせていた。
戦いは、これからだった。
翌朝、私は役所に休暇の申請をした。
夫・直がどこに潜伏しているにせよ、渡辺という産がきしたいま、刻の猶予もない。私はまず、内の弁護士事務所へと向かった。
応接で私を待っていたのは、代半ばのベテラン弁護士・古賀だった。政訴訟や婚問題に精通し、役所の法務相談でも頼りになるだ。
「さん、お話の件ですが……」
私はカバンから、あの段ボール箱から取りしてきた12の靴の写真と、靴底からてきた夫の領収、そして昨夜渡辺から言われた言葉のメモをテーブルのに並べた。
古賀弁護士は鏡の奥の目を細め、枚枚の写真をじっくりと検分した。その顔から、職業柄の静さが消え、驚愕のが広がっていく。
「これは……実に異様ですね。ご主が奥さんのの靴を盗みし、それを隣の故・吉岡静に渡し、代わりに領収を切っていた……。そして産の渡辺が、その事実と施誌を盾に脅迫してきた、と」