"臨月に捨てられた女医、18年後の審判" 第4話
凍てつくような真の夜だった。 灯のたいが照らす夜、い散るに晒されながら、私はきなお腹を抱え、たったでアスファルトのを彷徨っていた。 お腹の奥がキューッと張り、痛みがる。 (この子だけは……この子だけは、絶対に守らなければならない) 寒さに震え、涙で霞む界の、をもつれさせながら歩き続けた私が、無識のうちに辿り着いたのは、くれた実のかりが灯る玄関先だった。
インターホンを押す力すら残っておらず、私は玄関ドアにすがりつくようにして倒れ込んだ。 物音に気づいてびしてきた私の母は、ボロボロになって倒れ込む私の姿を見るなり、息を呑んで絶句し、何も言わずに私を温かなのへと抱きげてくれた。
事を悟った私の両親は、俊彦や武田のをそので鳴り散らすことすらせず、ただ黙って、傷つき凍えきった私を温かい毛布と事で包み込んでくれた。 父が淹れてくれた温かいお茶の湯気を見つめながら、私は母の胸ので声をげて泣いた。そのい族のぬくもりが、凍りついてにかけていた私のを、しずつ、しずつ溶かしていってくれたのである。
両親の献な護と支えを受け、それから数週、私は内の産院で無事に元気な女の子を産した。
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俊彦たちが「障害児に違いない」と忌み嫌い、呪い続けた言葉とは裏腹に、まれてきた赤ん坊はどこにも異常などなく、きな産声をげて世界に自らのをらしめた。 桃のふっくらとした頬、透き通るような肌、そして私のか細い指をギュッと力く握り返してくれた、使のようにらしいが子。
私は、この子に「結」と名付けた。 ととの温かな絆を結び、のできていってほしいという願いを込めて。 私のにとって、唯無の希望の。この子だけは、どんな過酷な運命が待ち受けていようとも、私がこので必ず世界幸せにしてみせると、私は赤ん坊の温もりを抱きしめながら、固く、固く誓ったのだった。
産数ヶが過ぎ、体調が回復すると、私はあるな決を固めた。 再び、医師として医療の現へ復帰すること。
娘の結を女つで自由なく育てげるための経済力をに入れるため。 そして何より、妻というに甘んじ、理尽に奪いられた自分自の尊厳と、医師としての誇りを取り戻すために。
だが、ブランクは数にも及んでいた。 そんなの線を退いた元女医を、雇い入れてくれる所などあるのだろうか。 を抱えながらを叩いた私を、幸運にも温かく迎え入れてくれたのは、性な医師と域医療の崩壊の危に直面していた、隣の公民病院だった。
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院は私の履歴をじっくりと見つめた、「ブランクは現で埋めればいい。あなたのその覚悟を信じます」と、く採用通をしてくれたのだ。
私はもない結を、設されたばかりの院内保育園へと預け、数ぶりに真っなへと再び袖を通した。
しかし、現実は甘くなかった。 私が現をれていた数のに、医療技術は目まぐるしいスピードで化を遂げていたのだ。 最のエビデンスに基づく治療ガイドライン、薬の数々、そして何よりカルテから完全に移した複雑な子カルテシステムの操作。 病棟にてば、私は完全に「浦島太郎」状態だった。
プライドなど、とっくの昔に捨てっていた。 私は自分よりも遥かに若い研修医や護師たちに何度もくをげ、 「申し訳ありません、このシステムの入力方法をもう度教えていただけますか」 「この最薬の投与プロトコルについてご指導ください」 と、教えを乞う毎を送った。
夜は結の夜泣きと授乳で細切れにしか眠れず、わずかな仮眠を削っては、最の医学論文や専を貪るようにに叩き込む。 肉体と精神を極限まで削り取るような過酷な々が続いたが、病棟で患者さんから「先、ありがとう」と笑顔を向けられるたび、私の胸の奥には、かつて失ったいが力く蘇っていった。