"汚れた手と呼んだ義母へ" 第1話
シュッと、無質な滴が状になってった。
京都・にある級料亭『翠庵』の個。畳のりが漂う静寂のに、アルコールスプレーの鋭い噴射音が度、澄んだ空気のなかへ響き渡った。
「あら嫌だわ。拭いても拭いても、なんだか気が悪いわね。介護施設なんて、染症と病原菌の巣窟でしょう? そこで毎お寄りのお世話をなさっているで触られたものを、がののに飾るわけにはまいりませんの」
佐伯雅代は、ハンカチで指先を丁寧に拭いながら、蔑むような線を目のの箱へと向けた。
箱のに収められているのは、坂本恵子が娘の婚約のために用した、老舗の彫り漆器の汁椀セットだった。職が数かかけて塗りねた朱と黒の艶やかな表面には、雅代が吹きかけた消毒用エタノールのきな滴が、まるで汚物でも付着したかのようにへばりついていた。
恵子の隣で、娘の美咲の体がきく震えた。
「お義母様……! それは母が、ふたりのしいにとを込めて選んでくれたものです! 消毒液を吹きかけるなんて、あまりに失礼です!」
美咲の声はりとで裏返っていた。総病院の護師として働く美咲の顔は真っ赤に染まり、膝のの着物の裾を両でく握りしめている。
しかし、向かい側に座る佐伯のたちの反応は、あまりにもややかだった。
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佐伯医療グループの常務理事を務める父親の佐伯崇は、元の湯呑みを静かに傾け、切のを挟まない。まるで妻の暴言を、当然の権利として容認しているかのような態度だった。
そして、美咲の婚約者であり、学病院の内科医である佐伯翔太は——ただひたすらに俯いていた。
膝のに置いた布巾着の結び目を指先でこねくり回し、度も美咲や恵子と目をわせようとしない。母親の理尽な侮辱に対し、抗議するどころか、を消すことだけに全力を注いでいる。
雅代は、美咲の反論をで笑いばした。
「失礼? 失礼なのはそちらでしょう。翔太は代々続く医師の系の跡取りなのですよ? その翔太の伴侶となる方の親御様が、まさか現の介護士だなんて……お親戚筋になんとお伝えすればいいのやら。本当なら、今のこの顔わせすらお断りしたかったくらいですのよ。せめてお母様の職業は、表向き『福祉関連の事務職』とでも偽っていただかないと、佐伯の名に傷がつきますわ」
「母は事務職ではありません。京都の域包括支援センターで主任介護福祉士として、何百もの認症患者さんやご族を支えてきたプロフェッショナルです!」
美咲がちがりかけたその、翔太が慌てて美咲の袖を引っ張った。
「美咲、やめろよ……! 母さんも悪気があって言ってるわけじゃないんだから。
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ちょっと潔癖症なところがあるだけだよ。ここはしく引きがってくれよ、僕たちの結婚のためなんだからさ……」
翔太のから漏れたのは、絞りすようなけない囁き声だった。
美咲は信じられないものを見る目で、隣の婚約者を見つめた。3付きい、優しくて真面目なだとっていた男が、自分の母親が目ので理尽に踏みにじられているに放った言葉が「僕たちのためにしろ」だったのだ。
「翔太さん……あなた、本気でそんなことを言っているの?」
「だって、母さんをらせたら僕たちの式の配も全部になっちゃうかもしれないし……美咲のお母さんだって、の対応をしてくれるよね?」
翔太の目には、美咲へのいやりなど微もなく、ただ「このの面倒な雰囲気をく終わらせたい」という自己保のしか浮かんでいなかった。
その、ずっと沈黙を守っていた坂本恵子が、ゆっくりときした。
恵子は背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま、静かにを伸ばした。エタノールの液体が滴る漆器の箱を引き寄せると、持参していた清潔な呂敷で優しく包み直す。そのつきには切の無駄がなく、洗練された品格が漂っていた。
「お気に召さないのでしたら、変失礼いたしました。このお品は持ち帰らせていただきます」