"汚れた手と呼んだ義母へ" 第9話
「ワシは……ワシは……追われておらんのか? 毒を盛られるわけではないのか……?」
「誰も教授を害する者などおりません。ここは全な研究でございます」
恵子は静かに歩を踏みし、ゆっくりとを差しした。
健郎は呆然としたまま、握りしめていた割れたガラス片を、ポロリとに落とした。
「う……うああああん!」
歳の老が、そのにしゃがみ込み、子供のように声をあげて泣きした。
み慣れたを追われ、見らぬ所に閉じ込められ、薬で無理やり抑え込まれようとしていた老の、底れぬ恐怖と孤独が、決壊したダムのように溢れしていた。
恵子は優しく健郎の背にを添え、あやすようにゆっくりと揺らした。
「丈夫ですよ、教授。もう丈夫です……」
その景を監モニターで見ていた者たちは、ただ絶句するしかなかった。
警備員たちが束になっても抑え込めず、力な鎮静剤すら効かなかった猛獣のような老が、わずか分のに、音楽と適切な言葉かけ、そしてち振るいだけで完全におとなしくなり、穏やかに涙を流している。
雅代はいたが塞がらず、モニターを指さしたまま固まっていた。
「な……なになのよあれ……何が起きたというの……!? 催眠術か何かですの!?」
崇もまた、言葉を失って画面を見つめていた。
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自分たちが誇る最級の医療設備も、優秀な医師団も、莫な資産も、何の役にもたなかった。
目ので起きているのは、の経験とに対するい理解、そして卓越した技術に裏打ちされた、正真正銘の「プロの仕事」だった。自分たちが「潔な介護士」と見していた女性が、佐伯の抱える巨な危を、鮮やかに解決してみせたのだ。
翔太はただ、画面のの恵子と、その脇で際よく老のケアをサポートする美咲の姿を、呆然と見つめることしかできなかった。
自分たちがどれほど愚かで、の程らずだったかという酷な現実が、じわじわと胸を刺し始めていた。
だが、危はこれで終わらなかった。
内の清掃と健郎のの傷の当を終え、バイタルサインのチェックをっていた美咲が、ふと眉をひそめた。
美咲は健郎の腕の静脈と、太ももの付け根あたりを慎に観察していた。
「お母さん……これを見て」
美咲が囁くような声で恵子を呼んだ。
恵子がづき、健郎の瞳孔と肢の自然な筋肉の弛緩状態を確かめた。恵子の顔から、先ほどまでの温かな笑みが消え、氷のようにたい表へと変わった。
「……穿刺痕がしいわね。しかも、この瞳孔の収縮と脈は……」
恵子は部の隅に控えていた『グランドメゾン京都』の専任医師を、鋭いで睨みつけた。
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「先。この患者様に、何の薬剤を投与しましたか」
医師は青ざめ、線を泳がせた。
「え……いや、それは……通常の精神定剤を々……」
「嘘をおっしゃらないでください!」
美咲が語気をめた。
「この肢の振戦と球運の異常、ハロペリドール(力精神遮断薬)の過剰投与による錐体症状(サイドエフェクト)です! しかもベンゾジアゼピン系薬剤の静脈注射の痕がに複数回残っている! 認症のBPSDに対して、このような致量にい複投与をうなんて、狂気の汰です!」
「なっ……! 君はただの護師だろう! 医師の処方にを挟むな!」
医師が鳴り返そうとしたその、モニターから崇と雅代、翔太が慌ただしく部へと崩れ込んできた。
崇は事態の収束を確認し、堵の笑みを浮かべながら恵子にづいてきた。
「いやあ、坂本さん! 見事だった! さすがは専だ! これでのファンドの察も無事に迎えられる! 謝するよ。約束の費用は政経由で正しく支払わせてもらうし、君のセンターへの寄付という形で——」
「佐伯常務」
恵子のくい声が、崇の言葉を遮った。
恵子は健郎のカルテの控えを指さし、崇を真っ直ぐに見据えた。
「これは何ですか」
崇は眉をひそめた。
「何とは何だね?」
「健郎様に対して、適正量を遥かに超える力な鎮静剤および向精神薬が、連続して投与されています。
これは治療ではありません。の察のために、暴れるお義父様を引に薬物で昏させ、しくさせようとした『ケミカル・レストレイント(薬物拘束)』です」