"地上二メートルから見上げる逆転の空" 第2話
薫は向の背を抱え込み、消え入りそうな声で詫びた。
当の向はといえば、母親に叱られたことなどに介していない様子だった。母親の細い腕のでくるりとをよじり、に転がったの鉄の筒を、丸い目を瞬かせもせずにじっと見つめている。その瞳には恐怖のも涙の気配もなく、ただ世界で番面い玩具を見つけした子供特の、純粋で鋭いが宿っていた。
卓郎は息を静かに吐きし、膝をついて元まで転がってきた本のパイプにを伸ばした。
指先で触れた単管は、まだ本番でもないというのに、芯までえ切っていた。のひらに油と鉄錆の混ざりった匂いが移り、ざらついた酸化皮膜のが指の腹に残る。
このプレハブ階建ての事務所兼作業の階には、板の事務机がつと、客用のくたびれたビニールソファーがつあるきりだった。
壁にピンで留められた程表は、の付のまま茶く黄ばんでおり、その隣の鴨居には、作業着姿で笑う先代社――父・義雄の遺が掲げられている。『全第』とく染め抜かれた古い緑の現旗が、役目を終えて錆びついたダルマストーブの脇で、埃をかぶって力なく垂れがっていた。
卓郎はパイプを抱えてちがり、壁際の資材棚へ戻そうとして、瞬だけ両腕を止めた。
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いつもの調子なら、背伸びをして番の段へ軽々と放りげるだけのさだ。だが、胸の奥底からたいものがせりがり、喉が詰まる。卓郎はらずらずのうちに腰を落とし、から数センチ、から段目の空いたスペースへと横にして滑り込ませた。
部の隅の机に腰掛けていた番の久保田慎司が、その連のきを黙って横目で追っていた。
を過ぎた髪混じりの古参職は、何も言わずに黒話の受話器を度持ちげ、ツーツーという発信音をで確かめてから静かにフックへ戻した。話線がきていることを確かめるこの無な作が、仕事が途絶えたこの半で、すっかり久保田の癖になっていた。
卓郎は自分の机へと戻り、封筒から引きしたままになっていた履歴を、もう度指先でつまみげた。
その学歴欄の文字を読むのは、これで度目だった。
「社。何度読んだって、いてあることは変わらねえぞ」
久保田が茶渋のついた湯呑みを机に置き、からく煙混じりの息を吐きした。
「たちの悪いやかしか悪戯だ。うちみたいな零細の町をからかって、何が面いんだか」
「悪戯にしては……の資格欄が丁寧すぎますよ」
卓郎が目を凝らしていたのは、ハーバードという眩い文字列ではなかった。
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そのに段ずつ、几帳面な楷でき込まれた資格の履歴だった。
の組て等作業主任者。玉掛け。職・責。そして、とび級。
のでただ経歴を着飾るためだけに資格を集めるペーパーホルダーなら、こんな臭い順番で講習を受け、実務経験を積むはずがない。どれもこれも、のものも現にち続け、鉄骨と単管の触を骨の髄まで叩き込んだでなければ、順番に取得していくのない資格ばかりだった。
取得を追うと、正確にからの隔で刻まれており、それは現で過ごした過酷なと完全になりっていた。
「久保田さん。この順番で資格を取ってきたが、遊び半分でこんなきの類を送ってくるといますか?」
久保田はすぐには答えなかった。
答えを返す代わりに、しわの刻まれた顎をしゃくっての方を示した。
薫はに膝をついたまま、散らばった単管パイプを本ずつ抱え起こし、元のへと戻していた。
さの異なる点メートルとメートルのパイプを持ち替えるその付きには、迷いが片もなかった。を正確に見極めて肩へ乗せる角度も、に積み戻す際に属音をてさせない指先の抜き方も、現で飯をってきた本物の職の所作だった。
パイプをすべて戻し終えると、薫は端面をのひらでトンと軽く押し、が崩れないよう結束の収まりを確かめた。