"地上二メートルから見上げる逆転の空" 第10話
その番てっぺんをさな差し指で誇らしげに指差しながら、向が真剣な顔で卓郎を見げていた。
そのさな掌には、枚の折りで作られた旗が握りしめられている。割箸の先端にセロハンテープで貼り付けられたには、赤いクレヨンでいびつな丸がつ描かれていた。
「たてて」
「……番に、てるのか?」
向はコクンと力く頷いた。
卓郎は膝をつき、呼吸をえながら、揺れる片の頂点にそっと旗の割箸を差し込んだ。
塔はグラリと微かに揺れたが、倒れなかった。
向はパチパチと両を叩き、びのあまり卓郎の膝に向かってさな体ごとドスンとぶつかってきた。
薫が慌てて「向、危ないでしょう!」と止めに入ろうとするのを、卓郎はで優しく制した。子供に体当たりされた触など、卓郎のこれまでので度も経験のないことだった。
それからというもの、毎朝の向の「塔作り」は課になった。
向はを積むたびに、「もっとたかく!」と目を輝かせた。
けれど、目の朝、塔は卓郎の膝あたりまでくなったところで、バランスを崩して必ずガラガラと崩れ落ちるようになった。
「向ちゃん、ちょっと貸してごらん」
見かねた卓郎は、箱のからめの端材を本拾いげ、斜めに交差させて角形の骨組みを作って見せた。
広告
その内側に片を積みしていくと、塔はこれまでとは比べものにならないほど定した。
「こうやって斜めのを入れると、揺れが止まるんだ。……『筋交い』って言うんだよ」
「すじかい?」
「そう。角はいんだ。角は横から押すと簡単に潰れるけど、角は絶対に潰れない」
向は「すじかい、すじかい」と呪文のように呟きながら、さなで片を斜めに添えていった。
薫は鉛のを止め、その様子を温かい目で見つめていた。
「浦さんは、教え方が本当におですね」
「……先代の受け売りですよ。俺も昔、同じことを言われて育ちましたから」
その言葉をにした瞬、卓郎の胸の奥がチクリと痛んだ。
父から受け取った切な技術も、言葉も、自分は何つ次の世代へ渡せないまま、ここで会社を終わらせようとしている。その暗い自責が、ずっとの底に沈殿していたのだ。
現のトラックが払った、静かな曜の朝のことだった。
久保田と田は別の現へ直しており、事務所には卓郎と薫、そして向のだけだった。
卓郎はの隅に積まれた単管パイプにふと目を止め、引き寄せられるようにちがった。
自分でも、なぜそんなにたのか分からなかった。
い建を本て、ジャッキベースで正確に平をし、直交クランプを噛ませて布パイプを方に回す。
広告
筋交いを斜めに本しっかりとボルトで締め込み、そのに板を枚、平に渡した。
来がったのは、の背丈ほどの、さメートルのさなの櫓だった。
から板までは、現の脚で言えばせいぜい段分にも満たない。
けれど、今の卓郎にとっては、ここのので最もく、最も険しい絶壁だった。
向はそのさな櫓を見げ、をぽかんとけて固まっていた。
そして、ポケットからあの赤い丸の旗をぎゅっと握りしめて取りすと、真っ直ぐに卓郎の元へ歩み寄ってきた。
「たてて!」
事務所の空気が、その言でピタリと凍りついた。
卓郎は、自分が組みげたメートルの構造物を見げた。現の職なら、誰もさとして認識すらしない、ただの踏み台のような所だ。
それなのに――の裏からサーッと血の気が引き、のひらが氷のようにたくなって、じんじんと痺れ始めた。
薫がハッとしてちがりかけた。
「向、それは……私が――」
「たくちゃんがいい!」
向はきっぱりとした声で言い放った。
の都も、過の事故のトラウマも、が抱える恐怖の理由など、この子はつもらない。
ただ、番い所には、番いが旗をてるものなのだと信じ切っている瞳だった。
卓郎は震えるで、割箸の旗を受け取った。
薫は息を呑み、ゆっくりと子に座り直した。助けをすことも、無理にやめさせようとすることもしなかった。