"地上二メートルから見上げる逆転の空" 第12話
めに保育所へ迎えにってきた向は、よほど遊び疲れたのか、ビニールソファーので丸まり、すやすやとさな寝息をてていた。
薫は机ので広げていた現ノートを静かに閉じ、いつもよりく、く息を吸い込んだ。
「……浦さん。以、いずれお話しすると申しげた件……聞いていただけますか?」
卓郎は元の類を置き、姿勢を正した。
薫が以勤めていたのは、「彩テクノ建設」という名の会社だった。県内ではらぬ者のいない、実績のある堅ゼネコンである。
学をて設計部に入った薫を、指導員として最初に担当したのが、歳の篠原幸という男だった。
現の施管理へ移りたいという薫の希望を、社内でただ押ししてくれたのも、その篠原だったという。
が結婚したのは、薫が歳のだった。
やがて向をごもった、篠原はさも当然であるかのような顔で、薫に退職を勧めてきた。
『現仕事なんて、子供を抱えた女ができるわけがないだろう。で子供を育てるのが、母親の務めだ』
薫は激しく葛藤した末に、退職願をした。いつか子育てが落ち着いたら、必ず現へ復帰するつもりでいた。
「にいる、自分の腕や覚が鈍っていくのが……どうしても怖かったんです」
薫はソファーで眠る娘に目をやりながら、声を絞りした。
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「だから、向を寝かしつけた、毎晩机に向かって計算ノートをいていました」
薫がものをかけてき溜めていたのは、狭でも全に組める、まったくしい仮設の骨組み構造だった。
都部の宅密集では、隣との隙がわずかセンチしかないような過酷な現も珍しくない。そんな所で尺の単管パイプを振り回して組みてること自体が、職の命を危険に晒す。
薫が考案したのは、すべてのフレームをで平らに組みててから、テコの原理で引き起こすことで、所での危険な作業を極限まで減らす法だった。
折りたたむと枚の板のように平らになり、引き起こせば内部の筋交いが自に噛みって頑丈な体トラスになる。構造計算と図面を半かけて詰め、ノートは冊に達していた。
「……ある朝、そのノートが冊だけ、斎の棚から見当たらなくなっていたんです」
薫の声は、りを通り越して、どこまでも平坦だった。
「引っ越しの荷物にでも紛れたのだろうとって、そのはく探しませんでした。……それから半、元の同僚から興奮した声で話がかかってきたんです。『社内の技術発コンペで、篠原さんの提案した法が社賞を獲ったぞ』と」
庭ので、夫からそんなコンペの話など度も聞かされたことはなかった。
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「同僚に頼み込んで、社内報に載ったプレゼン資料のコピーを送ってもらいました」
薫は膝ので、細い指を本ずつ折るようにして言葉をねた。
「部材の寸法も、継ぎの位置も、から引き起こす順に至るまで……私のノートにいてあったそのままでした。……き写すに、数値を読み違えたのでしょうね。私がノートのきでき違えて、線で消していたはずの数字まで、そっくりそのまま図面に載っていました」
卓郎は、奥歯がギリと音をてるのを聞いた。胸の奥底で、煮えたぎるようなりが湧きがる。
「あのを問い詰めました。……あのは、盗んだことをあっさりと認めました。けれど、悪いとは言も言いませんでした」
薫は乾いた笑みを浮かべた。
「『育休で辞めた女の名じゃ、役員会議に提案を通せない』『俺の名で特許を願するのが、このにとっても、向の将来にとっても番いいことなんだ』と……そう言われました」
それから、庭内での諍いが絶えなくなった。
篠原は次第にへ帰らなくなり、同じ設計部の若い女性社員のマンションに入り浸っているという噂が薫のにも届いた。けれど、それを問い詰めて確かめる気力すら、薫にはもう残っていなかった。
婚が成したのは、向が歳になる直だった。
篠原は、薫と娘がをていくことを条件に、あっさりと婚届に判を押した。