"地上二メートルから見上げる逆転の空" 第20話
卓郎は、腕のいい女性の職が入ってきてくれたこと、事務所の朝がとても賑やかだったことを話した。
「賑やかだった」と、無識のうちに過形で話してしまったことに気づき、卓郎は喉の奥を詰まらせた。
「……母さん。つだけ、聞きたいことがあるんだ」
『何だい?』
「昔……俺が通ってた、川沿いのものづくりセンターのこと、覚えてるか? あそこで毎配られてた、あの館報……」
受話器の向こうが、再びふっと静まり返った。
卓郎はわずちがり、受話器をくに押し当てた。
「俺がの、ゴミ袋に入れて捨てただろう? もし……万が、あのが――」
『あるよ』
く、あまりにもあっけない返事だった。
「……え?」
『おが集積所に置いていったゴミ袋、母さん、そのの夕方に全部拾ってに持って帰ったんだよ。おの部の本棚に、昔のまま並べてあるよ』
卓郎は絶句した。
「……どうして? 俺が、自分で捨てたガラクタなのに」
『そんなの、決まってるじゃないかい』
代の声には、涙混じりの柔らかな笑いが含まれていた。
『母さん、おが作ったものが好きだったんだよ。自分の息子だからってだけじゃない。あの恰好なのも、ゴムでるも……母さんは、本当にいいものを作る子だとってたからね』
窓のを、終のがガタゴトと通り過ぎていく音がした。
卓郎は受話器を握りしめたまま、溢れそうになる涙を堪えるために、唇をく噛み締めた。
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「……母さん。、そっちへってもいいかな」
『いつでもおいで。……何の片付けもしてないけどね』
話を切った、卓郎は真っ暗な事務所ので、い、ち尽くしていた。
翌朝。
卓郎の運転する軽トラックは、あいのへと続く細い坂を登っていた。速をりてから。川沿いの杉林を抜けた先にある平のは、記憶のの姿と何つ変わっていなかった。ただ、庭の片隅にある柿のが、回り太くなっていた。
インターホンに指を伸ばすよりく、玄関の引き戸がガラリと内側からいた。
「……お帰り」
迎えた代は、記憶のよりもし背が丸くなり、を引きずるようにしてっていた。けれど、その表は話の声よりもずっとるく、血が良かった。
「……ただいま」
その文字を言うために、卓郎はという歳を費やしたのだ。
にがると、懐かしい線の匂いが腔をくすぐった。
仏の仏壇には、ヘルメットを脇に抱えて活に笑う、の父の写真が飾られていた。卓郎は畳に正座し、く、くをわせた。言いたいことはほどあったが、言葉にはならなかった。
「お父さんも、んでるよ」
代が台所からたい麦茶を運んできた。
ばしい麦のりが喉を通り、胃の腑へと落ちていく。卓郎は湯呑みを畳に置くと、姿勢を正した。
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「……母さん。あの館報を見せてほしい」
「階だよ。何つ、捨ててないからね」
軋む階段をがり、昔の自分の部の引き戸をけた瞬、卓郎はわず息を呑んだ。
学代に使っていた勉机も、壁にカレンダーを留めていた画鋲の錆び跡も、すべてがあののまま残されていた。
そして――部の隅の本棚の特等席に、い冊子の束が、端をきれいに揃えてずらりと並べられていた。
背表は経劣化で茶く焼けしていたが、第号から最終号まで、号数の順番通りに完璧に理されている。
卓郎がおそるおそる指先で背表をなぞると、驚いたことに、埃が指にまったくつかなかった。
「……たまに、ハタキをかけてたんだよ」
すりに掴まりながら階段をがってきた代が、息をえながら言った。
「湿気るとが波打っちまうからね。防虫剤も、季節ごとにしいのに入れ替えてたんだ」
卓郎は喉を詰まらせ、何も言えなかった。
自分がのにゴミ集積へ投げ捨てた分の記憶が、母のによって、完璧な状態でき続けていたのだ。
「く探そう。何の、何て名の子のだい?」
「……のだ。作ったのは、望薫っていう、当歳の女の子」
は畳のに座り込み、分けして黄ばんだ冊子のページをめくっていった。
冊子の央の見きには、当の子供たちが誇らしげに作った細の写真が並んでいる。