"母が隠した四十九枚の領収書" 第5話
無造作に宙を掻いた男の爪が、僕のの甲をかすめた。 鋭い痛みがり、赤いにじみが浮かぶ。 男の瞳は、やはり僕を見ていなかった。空虚な球が、ただを反射している。
僕はティッシュを握りしめたまま、逃げるように百号をびした。
に戻ると、両が刻みに震えてエンジンキーがなかなか鍵穴に入らなかった。 カチリ、と音がしてエンジンがかかる。 フロントガラスの向こう、鬱蒼とした針葉の森が、僕を見ろす巨な壁のようにちはだかっていた。
携帯話を取りす。 昨晩かけた叔父——佐伯敏夫のの番号を呼びした。 回鳴らしてもない。回目で、荒々しく受話器がれる音がした。
『……何度もかけてくるなと言ったはずだ』 「青峰苑にきました」 僕は、フロントガラスを睨みつけながら言った。 「本物の航平に会いました」
受話器の向こうが、凍りついたように静まり返った。 の音だけが、波に乗ってかすかに混ざり込む。
「今からそっちへきます。逃げても無駄です。警察にってもいいんですよ、叔父さん。僕は戸籍法違反の当事者だ。区役所のだから、これがどれだけの犯罪か、あんた以にっている」
『……来い』 絞りすような敏夫の声だった。 『畑の奥の作業にいる。誰にも見られるなよ』
通話が切れた。 僕はギアをドライブに入れ、林の砂利を踏みしめてアクセルを踏み込んだ。
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茅野から原へと抜ける県沿いには、広なリンゴ畑が広がっていた。 初の青い実をつけた々が然と並ぶ、細い農を入った突き当たりに、トタン根の黒ずんだ作業があった。 のにを止めると、から麦わら子を被った柄な男がてきた。
母の弟、佐伯敏夫だった。 母の葬儀の際、親族席の末席で終始うつむき、焼を済ませると誰とも言葉を交わさずにちった男だ。浅黒く焼けした顔にはい皺が刻まれ、その目は酷く怯えていた。
「入れ」 敏夫は周囲の農を素く見回し、僕をのへ引き入れた。 は選果用のプラスチックコンテナが井まで積みげられ、古い農薬との匂いがち込めていた。央のパイプ子を指さされ、僕は腰をろした。
僕は鞄から、母の戸籍謄本と、枚の領収の束を叩きつけるように置いた。 「説してください」
敏夫はコンテナのに腰掛け、震えるで煙にをつけた。 の煙が、暗いの梁に向かってちる。
「……何を聞いた」 「青峰苑の男が、本物の佐伯航平ですね」 僕は淡々と言った。 「のに黒子があった。アルバムの写真と同じだ。そして、平成にんだと類にかれているのも、あいつだ。……じゃあ、僕は誰なんですか」
敏夫はく煙を吸い込み、吐きした。
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煙を持つ指先が、刻みに揺れている。
「らん」 「嘘をつくな!」 ちがろうとした僕を、敏夫のが制した。
「本当にらんのだ」 敏夫の声は、絞りすようにかった。 「おがどこの誰の子供か、俺も静も、最まで度もろうとしなかった。……る必がなかったんだよ」
「どういうですか」
「あの夜」 敏夫は目を閉じ、トタン根の隙から差し込むを見つめた。 「平成の夜過ぎだ。台がづいていて、この辺りは酷い砂りだった。俺のの話が鳴った。静からだった。受話器の向こうで、あいつは過呼吸を起こして、何を言っているのか聞き取れねえくらい喚いていた。『を殺した、敏夫、助けて、航平がんじゃう』ってな」
敏夫の語る声が、の音を連れてくるようにのに響いた。
当、母の静は婚、区で僕を——いや、本物の航平をで育てていた。 だが活は困窮を極め、消費者融からの借がなり、京での暮らしにき詰まっていた。の盆の期、静は実である野の敏夫を頼り、を無するために古の軽自に歳の航平を乗せて、央をってきたのだという。
徹夜で働き、そのままハンドルを握っていた静は、茅野ので猛烈な居眠り運転に陥った。 はガードレールに激突した。
だが、激突する直——と肩の境目を歩いていた「何か」