"母が隠した四十九枚の領収書" 第7話
が痛かった。 区役所で毎扱っている、あの厳格なはずの戸籍システム。 、、埋葬の許。 そのすべてが、の方医師の偽造類と、狂気に駆られた母親の嘘によって、いとも容易く突破されていた。
「じゃあ……僕は」 僕は自分の胸元を掴んだ。 「僕は、どうして『佐伯航平』になったんですか」
「おが」 敏夫はれむような目で、僕を見げた。 「事故の、梨の医院のベッドで目を覚ました、全部忘れていたからだ」
息が止まった。
「自分の名も、どこから来たのかも、親の顔すら何つ覚えていなかった。をく打ったせいで、記憶が綺麗さっぱり消え失せていたんだよ。……そのおを見て、静の目が変わった」
敏夫の脳裏に、の姉の姿が蘇っているのが見て取れた。
「静はおのを握って、泣きながら言ったんだ。『あんたの名は航平よ。私のたったの息子よ』ってな。おはそれを疑いもしなかった。すんなりと、その名を受け入れたんだ」
「そんな……」
「本物の航平は、もう度と目を覚まさない。笑いもしないし、母さんとも呼んでくれない。だが目のには、元気で、記憶を失って、自分を母親だと信じて疑わない健康な子供がいる。……静はな、航平を殺した罪の識から逃げるために、おを『本物の航平』だとい込むことにしたんだよ」
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吐き気が込みげてきた。 僕が歳のから積みげてきた記憶。 「航平、テストよく頑張ったね」とを撫でてくれた母の。 「航平、スーツ似ってるよ」と成式で涙ぐんでいた母の笑顔。 「航平、派な公務員になってくれてありがとう」と仏壇のでをわせていた母のろ姿。
あれはすべて、僕に向けられたものではなかった。 母は僕を通して、のの部で井を見つめ続ける、本物の息子への贖罪を演じていただけだったのだ。 僕というは、母の罪悪を麻痺させるための、都の良い代わりの形に過ぎなかった。
「静は、おを京へ連れて帰った」 敏夫は静かに続けた。 「の所を捨てて、区の団へを隠した。おが誰かに見つからないように、昔のりいとは切の連絡を絶った。……だがな、本物の航平のだけは、どうしても捨てきれなかったんだ。あの子を青峰苑に預け、ぬまで毎、万円を送り続けた。あれは静にとっての、獄の汰を免れるための賽の原の積みだったんだよ」
枚の領収。 百万円。 ヶに度、母は郵便局の窓へき、んだはずの実の息子の名をいて、を振り込んでいた。 その帰り、母は僕の待つアパートへ帰り、僕の顔を見ながら夕飯を作っていたのだ。
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『あんたの顔を見てるとね、々、息ができなくなるの』
あの言が、の奥で爆音のように鳴り響いた。 母は僕をしていたのではない。 僕の顔を見るたびに、自分がに葬った実の息子の肉体を、そして見らぬのを奪した己の業を、突きつけられていただけだったのだ。
「……梨という医師は」 僕は震える膝を両で押さえ、ちがった。 「まだ、きてるんですか」
敏夫が顔をげた。その目に、今度はな恐怖が宿っていた。 「やめろ、航平……いや、お」 「まだきているのかと聞いている!」
「……診療所はに畳んだ」 敏夫は観したように息を漏らした。 「だが、自宅はまだあそこにある。茅野の駅の裏だ。だがっても無駄だぞ。あの爺さんはもうを過ぎている。今さら過を暴いて、おはどうするつもりだ? 自分が誰かもわからないまま、公務員の職を失って、無国籍の幽霊に戻るつもりか!」
敏夫の叫びを背に受けながら、僕は作業のトタン戸を蹴破るようにしてへた。
初のい差しが、網膜を灼いた。 リンゴの青い実がに揺れている。 のどかで、美しく、狂気に満ちたこの町。 、僕はここで殺され、そしての名を与えられて作り直されたのだ。
のハンドルを握り、茅野駅の方向へアクセルを踏み込んだ。 のには、ただつの問いだけが渦巻いていた。
僕は、誰なんだ。 母が僕から奪いった、僕の本当の名は何だったのか。
茅野駅の裏は、かつての仙の宿町の名残をとどめる古い瓦根の並みが続いていた。