"母が隠した四十九枚の領収書" 第10話
梨はちがり、カルテ棚の引きしから、い便箋を取りした。 幾度も読み返されたのだろう、折り目がく擦り切れていた。
母の、あの丸っこくてし歪な跡だった。
『梨先へ。 航平が——あの子が、区役所の採用試験に格しました。 来のから、公務員として働くそうです。 あの子は本当に優しい子に育ちました。私の作ったい弁当を毎綺麗にべて、初任がたら温泉に連れてってくれると言って笑っています。
あの子が笑うたびに、私の臓には太い針が突き刺さります。 私は棒です。 青峰苑のたいベッドに私の本当の航平を置きりにしたまま、私はの子供のを盗み、その子の笑顔を盗んで、母親のふりをして暮らしています。
あの子の本当の両親が、どこかでこの子を探しているのではないかと、毎晩を見てはび起きます。 でも、もう戻りはできません。 あの子を佐伯航平としてきていかせること。それが、私がこの子に対して負うべき、唯の責任です。 先、どうか私がぬまで、あのの秘密を墓まで持っていってください。 あの子から、度目のまで奪わないでやってください』
便箋の文字が、滲んで歪んだ。 僕の目から落ちた涙が、乾いたのに黒い染みを作っていた。
母は、僕をしていなかったのではなかった。
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してはいけないと、自分を責め続けていたのだ。 棒として、罪として、僕を「航平」として育てることだけが、自分に許された唯の刑罰だと信じ込んでいた。 あの青い缶のの枚の領収は、母が自分に科した、終わりのない贖罪の証拠だったのだ。
「先」 僕は便箋を畳み、胸のポケットに収めた。 「ノートを、僕のノートを……もらっていきます」
梨は力なく首を縦に振った。 「好きにしなさい。……警察にくなり、役所に自首するなり、おのだ。おが決めるがいい」
古い造をると、の空が赤黒く染まり始めていた。 ヶ岳の稜線が、夕焼けを背にして黒い刃のように鋭く切りっている。
僕はに乗り込み、助席に置いたさなだらけのノートを見つめた。 『ぼくのなまえは、ゆうきです。』
僕は、ユウキだった。 名字もわからない、親のもらない、の盛りにで歩き続けて倒れた、名もなき子供。 そして僕は、を佐伯航平としてきてきた。
つのが、僕ので激しく衝突していた。 どちらも僕であり、どちらも僕ではなかった。
携帯話の画面を見る。 区役所の同僚から、業務連絡のショートメッセージが数件届いていた。 『佐伯さん、の窓のシフト交代の件、解です』 『佐伯くん、忌引きの続き、無理しないでね』
世界は、僕を「佐伯航平」
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としてかしている。 僕が、民課の窓に座り、の民票を発し続ければ、この秘密は誰にもられずに済む。 梨医師は老い先く、敏夫叔父がを割ることもない。青峰苑のあの青は、何も語らない。
僕が黙っていれば、僕は佐伯航平のまま、平穏なを全うできるのだ。 母が望んだように。
だが、あの百号の、井を見つめて痙攣していた青の姿が、網膜の裏かられなかった。 のの黒子。 僕が奪い取ったの、本来の持ち主。
僕はエンジンをかけた。 向かったのは、京へ戻る央のり線ではなかった。 夜の帳がり始めたを、僕は再び、青峰苑へと向かって登り始めていた。
林の砂利を踏みしめるタイヤの音が、夜気のにく響いていた。
ヘッドライトのが、に沈む「青峰苑」のコンクリート壁をく照らしす。 昼よりもずっと静まり返った施設は、の底えする気に包まれていた。事務の窓につだけ灯る蛍灯のかりを頼りに、僕は玄関のガラス戸を押した。
自ドアの源は落とされ、でい扉を引くと、奥から昼の職員・野が驚いたようにを乗りしてきた。 「佐伯さん……? どうされたんですか、こんなに」
「もう度、百号に入らせてください」
僕の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
昼の混乱も、りも、胃の底を焼くような焦燥も消えり、ただたい井戸ののような静けさだけが胸のに満ちていた。