"350円の定食が繋いだ、壊れた絆" 第1話
厨の蛍灯が放つ無質ないは、夜の静けさので層たくじられた。まな板ので根の皮を向くリズミカルな音――「トントン、トン」という乾いた響きだけが、ガランとした内に孤独を反響させている。シ太は包丁をかしながら、今というがまた何事もなく終わっていくことに、いつもの諦めと微かな堵を同に覚えていた。
シ太、30歳。この寂れた商の片隅で、さな定をたった1で切り盛りしている。の名は「ショウタ堂」。母さんがきていた頃はもっとお洒落な名だったはずだが、母がくなり、シ太が別の調理の仕事を辞めて故郷に戻ってきてから、いつのにか所のたちからこう呼ばれるようになった。先には、古びたの板が無造作に掲げられ、そこにはきの素朴な文字で号がかれている。今の代にこんな古臭いが流るわけがない。毎の売帳をくたびに、シ太自が番痛していたことだった。
シ太はもともと無で、世般でいうところの「付きい」が致命に得ではない。カウンター越しに来客と世話にを咲かせるなんて芸当は、通ってくれる気のれた常連相であっても、気恥ずかしくてできなかった。それでも、定のだけは絶対に妥協せず、を抜いたことは度もない。
広告
毎朝5に起き、産の昆布と厳選された鰹節から丁寧に番汁を引く。噌汁の具材はその季節の最も旬な野菜へと変える。それが、唯胸を張れる、母に教わった料理としての誇りだった。
しかし、商はを追うごとに活気を失い、寂れていく方だった。駅に巨な資本のファミレスチェーンができてからは特に客の落ち込みが激しく、ひどいには1に来る客が5に満たないこともある。夜、レジを閉めてそのの売を数えるたびに、わずいため息をつく夜が増えていた。「それでも、潰れないだけまだマシな方だ」と毎夜自分に言い聞かせてきたが、そんな気休めの言葉も完全に空回りしていた。
このは、まぎれもなく母さんのだった。物ついた頃から、シ太はこの温かい厨の匂いので育ったようなものだ。母さんは昔から体がかったが、それでも毎朝5には必ず起きして仕込みを始めるような働き者だった。8に母さんがくなった、遺されたのはこの古びた舗と、使い込まれた冊のレシピノートだけだった。繁盛には到底なれなかったが、それでもたまに顔をしてくれる温かい常連たちがいる。そのたちが残してくれる「ご馳様でした」という言葉だけが、これまで孤独なシ太を支え続けてくれた。
広告
恋や華やかな関係とは、ほとんど縁のないだった。齢をねても自分から積極にアプローチする勇気などせず、気づけばいつも「都のいい」で関係が終わってしまう。
そのも、相変わらず客はまばらで、静けさに包まれた昼がりだった。厨では鍋の湯気だけが静かにちっている。ふと、古びたのれんがガサリと音をてて揺れた。気だるげに顔をげると、そこにっていたのは見慣れない老夫婦だった。2とも齢は80代半ばくらいだろう。褪せたウインドブレーカーに実用な運靴というでちで、決して派ではないが、その背筋は驚くほどまっすぐに伸びていた。おじいさんの方が、しだけ慮がちな取りでカウンターへとづいてくる。
「すまんが、こので番いものは何だね」 壁に貼り付けられたきのメニューを見げるその目は穏やかだったが、使い古した財布を握りしめる老いたに、わずかに力がこもっているのが見えた。 「ご飯と噌汁のセットが350円です。あと、おにぎり2つで300円ですね」 「じゃあ……ご飯と噌汁を2つ……いや、1つでいいわ。2で分けましょう」 おばあさんが優しく微笑みながらそう言った。
シ太は反射にエプロンの裾をギュッと握りしめた。何も言えず、ただ黙って厨の奥へと引き返し、炊きてのご飯と々の噌汁を盆に用して客席へした。