"20万円を惜しんだ子供たちと6300万円の絶縁" 第1話
古びた造宅の居で、私は静かに息を吐いた。
窓のからは、夕暮れの淡いが差し込んでいる。
の部には、壁掛け計の秒針の音だけが等隔に響いていた。
私は元にある通帳を、ただじっと見つめている。
私は今で70歳になる専業主婦だ。
5に夫をくして以来、このでで暮らしてきた。
毎の頼れる収入は、6万円のだけである。
贅沢はできなかったが、健康であればなんとかなるとっていた。
私はゆっくりと通帳のページをめくった。
痛む膝をさすりながら、老鏡越しに印字された数字を確認する。
何度数え直しても、その数字が変わることはない。
残の欄には、酷な現実が印字されている。
そこにあるのは、わずか12万円という数字だった。
私には、2の子供がいる。
45歳の息子は企業に勤め、世田の築マンションで暮らしている。
嫁と2の子供に恵まれ、学を卒業してからずっと順調にキャリアを積んできた。
42歳の娘は公務員の夫と結婚し、横浜で幸せな庭を築いているはずだった。
私はくれたで暮らす子供たちの顔をい浮かべた。
2とも派に成してくれたと、からっていた。
私は彼らの幸せを願い、できる限り迷惑をかけないようきてきたつもりだ。
の範囲内で活し、何か欲しいものがあってもじっとしてきた。
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子供たちには、それぞれの活がある。
私のことで、しでも負担をかけたくない。
そうって、こちらからの連絡も必最限にしてきた。
ところが、とはいもよらない形で試練を与えてくるものだ。
私はズキズキと痛む膝に、そっとを当てた。
3週ほどから、膝の痛みがひどくなっていた。
最初はちがるだけの違だった。
しかし、次第に階段の昇りりも困難になってきたのだ。
買い物にくのも苦労で、途で何度も休憩が必になった。
夜に痛みで目が覚めることも増えてきた。
私は顔をしかめながら、ゆっくりとちがった。
これはただの老化ではないと、はっきりとじていた。
私はい腰をげ、形科を受診することにした。
着替えを済ませ、痛むを引きずりながらをた。
ゆっくりと歩き、ようやく病院に辿り着いた。
診察に入ると、医師は丁寧にレントゲン写真を見つめた。
そして、ゆっくりと私の方に向き直る。
「田さん、これは変形性膝関節症がかなりしていますね」
私はな気持ちを抑えながら、医師の顔を見つめた。
医師はレントゲン画像のい部分を指さす。
「骨がほとんどすり減っています」
私は息を呑み、わず膝にをく当てた。
医師はさらに刻な表を浮かべる。
「術が必です」
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私は言葉を失い、ただ医師の目を見返した。
医師は静かな声で言葉を続ける。
「このまま放置すると、歩が困難になる能性があります」
私はさく頷き、震えるを握りしめた。
医師はさらに残酷な現実を告げる。
「最悪の、子活になるかもしれません」
子という言葉が、ので何度も響いた。
私はまだ70歳だ。
これからのを子で過ごすなんて、像もしたくなかった。
私は震える声で、医師に尋ねた。
「費用は、どのくらいかかりますか?」
医師は申し訳なさそうな表を浮かべた。
「保険適用でも、20万円程度は見ておいてください」
私は目を伏せ、じっと話を聞いた。
医師はさらに付け加える。
「入院費用も含めると、もうしかかるかもしれません」
20万円という数字は、私にとっては途方もない額だった。
私は力なく頷いた。
「そうですか」
喉が詰まって、それ以は何も聞けなかった。
私はくをげて、診察のドアをけた。
そして、い取りで病院の廊を歩きした。
帰宅、私は再び通帳をいた。
古びたテーブルのに通帳を置き、じっと見つめる。
何度見ても、数字は変わらない。
残は12万円のままだ。
来の管理費が3万円かかる。
費が1万5000円。
費が2万円。
それらを差し引くと、ほとんど何も残らない。
貯を取り崩しても、術費用には全くりないのだ。
私は机のに通帳を置き、いため息をついた。
どうすればいいのだろうか。