"年商一兆円の父にワインをかけた婚約者" 第5話
「それは……」 圭吾は言葉に詰まった。しかし、その顔に浮かんだのは反省ではなく、面倒なことに巻き込まれたという苛ちだった。
「あんたみたいな貧乏を親戚に加えてやろうっていう慈を、無駄にする気!?」 貴恵がヒステリックに叫んだ。
宗郎はもう、彼女を「貴恵さん」とすら呼ばなかった。
「私にとってなのは、価なや豪華なまいではない。に対する、最限の敬です。……今この席で、あなた方の底の浅い価値観を、分に拝見させていただきました」
宗郎はきっぱりと言い放ち、踵を返した。 その背には、片の迷いも未練もなかった。
「お父さん……待って!」 綾が駆け寄ろうとしたが、宗郎は優しく娘のを押しとどめた。
「綾、おはし、ここで自分のと向きいなさい」 そう言い残し、宗郎は個の扉をけててった。
「ちょっと! 待ちちなさいよ!」 背で貴恵の甲い号が響いたが、宗郎の取りは度も止まらなかった。
*
ワインの染みをで隠すこともせず、宗郎は毅然とした取りでエレベーターをり、階のメインロビーへと向かった。 ロビーの隅には、先ほどから待していた秘の倉林が控えていた。宗郎の真っ赤に汚れたシャツを見るなり、倉林の顔が変わる。
「会……! これは体……!?」 「倉林、騒ぐな。を回せ」
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「は、はい、ただちに!」
宗郎が正面玄関の回転扉へ向かって歩きした、その瞬だった。
「待ちちなさいって言ってるでしょうが! この詐欺師ッ!」
ロビー全体を劈くような絶叫が響き渡った。 振り返るもなく、鬼の形相をした貴恵がハイヒールを鳴らして突してきた。そのろからは、圭吾と織がりで追いかけてくる。
貴恵は宗郎のに回り込むと、その腕を乱暴に掴み引っ張った。
「どこへ逃げるつもりよ! うちをコケにして、ただで帰れるとったら違いよ!」
瞬にして、休の優雅なホテルロビーが静まり返った。 チェックインを待つ宿泊客、ラウンジで商談をしていたビジネスマン、ホテルのスタッフ全員の線が、央につ宗郎と貴恵に集する。
「をしていただけませんか。ここは公共のです」 宗郎は極限まで声を抑えたが、その瞳の奥にはたいりが宿っていた。
しかし、貴恵は怯むどころか、周囲の注目を集めたことでさらに勢いづいた。
「見苦しいのはどっちよ! 皆さん、この男の顔をよく見てちょうだい! 代わりも何もないただの田舎の貧乏のくせに、うちの息子を騙して逆玉の輿に乗ろうとした、卑怯な結婚詐欺師ですのよ!」
ロビーにざわめきが広がった。 「詐欺師だって?」「うわ、シャツが血まみれ……いや、ワインか?」
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「みっともないな」 周囲の客がスマートフォンを取りし、宗郎へとカメラを向け始める。 無慮なフラッシュのが、宗郎の古びたスーツと赤く染まった胸元を容赦なく照らしした。
「奥様、おやめください! 誤解です!」 倉林が割って入ろうとしたが、貴恵はそのを払いのけた。
「あんたは誰よ! この詐欺師の仲!? グルになってうちからを巻きげる気だったんでしょう!」
宗郎の横顔に、かすかな亀裂がった。
「神埼さん。私がいつ、あなた方を騙したというのですか。この縁談をに戻すと言ったのは、私の方ですよ」
「よくもまあ、そんな嘘百を並べてて! うちを振ったですって!? あんたみたいな底辺の男が、クレスト百貨の神埼にを利ける分だとでもってるの!? そのみすぼらしいツラを見れば、最初から目当てだったことくらい丸わかりよ!」
貴恵の罵詈雑言は止まらなかった。 周囲の嘲笑と好奇の線が、宗郎を包囲していく。 その輪の端で、圭吾は腕を組み、笑を浮かべながらその景を眺めていた。
「圭吾様……! お願いですからお母様をお止めください!」 倉林が必に懇願した。だが、圭吾はたく言い放った。
「うちの母が受けた屈辱を考えれば、これくらい当然ですよ。の程を弁えずに僕にづいた代償は、きっちり払ってもらわないとね」
その言葉が落ちた、まさにその瞬だった。
「きゃあああああっ!」
貴恵が突如としてげさな鳴をげ、理のに派に倒れ込んだ。