"家出と呼んだ警察を私は許さない" 第5話
「お母さん、本当にお辛いでしょう。胸が張り裂けるいだ」
「神先、こちらに……うちの航平のような子は、保護されていませんでしょうか」
「残ながら、当園にはおりません。ですが、わかりました。この写真は切にお預かりします。私どものネットワークは全国の児童施設と繋がっておりますからね。もし航平君に似た子が見つかれば、すぐに警察と、そしてお母さんにご連絡を差しげますよ」
神はちがり、の荒れたを両で包み込むようにして握った。
「母親の祈りは、必ず神様に届きます。決して諦めてはいけませんよ」
その温かい言葉に、はに額がつくほどくをげ、涙を流して謝した。 この世に、これほど慈いがいるのかと信じて疑わなかった。
まさか、その男の背広のポケットの裏に、底れぬ暗黒が潜んでいようとは、当のにはる由もなかったのだ。
*
は無に流れた。
失踪からが経った1980、警察から「これ以のがかりなし」として、捜査の形式な終が告げられた。 同じ頃、神戸や阪神の貧困域で、航平と同じように忽然と姿を消した子供が数いたが、それぞれの親が孤していたため、事件が結びつくことはなかった。
季節が巡るたび、の胸は切り裂かれた。 になり、最初の初がる朝、は決まって息子の部の箪笥をけた。
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そこには、航平が学にがったに買ってやった、の毛糸の肌着が着、切にしまわれていた。 航平のお気に入りで、体がきくなって着られなくなったも、事に取っておいたものだ。
はその肌着を取りし、顔を埋めた。 の歳が流れても、そこには微かに、あのの息子の匂いが、鹸と幼い汗の匂いが残っているような気がした。
「航平、寒うないか。邪ひいとらんか」
声にして呟き、涙を肌着に落とさないよう注しながら、丁寧に畳んで元の所へ戻す。 それが、の誰にも見せないの儀式だった。
1983の。 航平がきていれば、学を卒業し、へ学するはずだった。 はの制のにち尽くしていた。 を決してに入り、主に言った。
「黒の学ランを、着ください。背丈は……百くらいの子のサイズで」
主は怪訝な顔をしながらも、注文通りの詰め襟の制を包んでくれた。 「息子さんの入学式ですか?」 そう問われ、は喉をつまらせながら、 「ええ……そうです」 とだけ答えた。
に帰り、誰もいない航平の部の壁に、その真しい学ランを吊るした。 の肌着の隣に並んだ黒い制。 所の々は、その噂をにして眉をひそめ、「森の奥さんは気が狂うてしもた」と囁きった。 だが、にとっては、そうすることでしか、息子のをこの世界に繋ぎ止めておく術がなかったのだ。
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坂の町は、を追うごとに姿を変えていった。 古い造は次々と取り壊され、気ないコンクリートのマンションや駐に変わっていく。 親しかった隣たちも、ち退き料を受け取って平の公営団へとっていった。 産業者が何度ものを訪れ、類を突きつけた。
「森さん、もう諦めなさい。こんな傾いたボロにひとりでしがみついて、どうするんですか。今ならいいち退き料がますよ。駅の綺麗な団に入れます」
だが、は首を横に振り続けた。
「ここをれるわけにはいきません」
「どうしてです。息子さんはもう……」
「航平が帰ってきた、がなくなっとったら、あの子はどこへけばええんですか。お母ちゃんがおらんようになったら、あの子が迷子になってしまう」
その頑なな瞳に気圧され、業者も最には引きがるしかなかった。
1988、ソウルオリンピック。 テレビのの々が狂する、は古い黒テレビの画面を見つめながら、指を折って息子の齢を数えた。 歳。きていれば、学をて社会になる歳だ。 先になりたいと言っていたあの子は、どこかで教壇にっているのだろうか。 それとも、父親のように額に汗して働いているのだろうか。
19951。 阪神・淡震災が町を襲った。