みかん小説
本棚

"七年消えた母と五千万の温室" 第7話

袋の隙から指を入れ、を取りす。 を指先で拭いった瞬、私の喉からさな呻きが漏れた。

透かし彫りのゴールドの装飾。 みのある属製のケース。 級化粧品ブランド、イヴ・サンローランのルージュだ。

底面のシールには、かすれたの文字で『No.15 Corail Intuitive』と刻印されている。

私の脳裏に、の母の笑顔が鮮に蘇った。

『栞、卒業おめでとう。これね、になったらつけなさいって、デパートで予約して買っておいたのよ。になったら、緒に京のスーツを買いにこうね』

母が私に渡すはずだった、卒業祝いの。 失踪したあの、母はこのを受け取るために、隣町のデパートにち寄っていたのだ。 それがなぜ、このに埋められているのか。

それだけではなかった。

ルージュのケースの継ぎ目に、細いの鎖が固く絡みついていた。 を払い落とすと、それは引きちぎられたプラチナのベネチアンチェーンだった。

留め具の具は、力によって無残に引き裂かれ、ぐにゃりと歪んでいる。 そして、そのさな留めの隙に、赤黒く固まったごく僅かな繊維と、血痕のようなものがこびりついていた。

母が、父から結婚に贈られ、肌さずつけていたペンダントの鎖だ。

首元から力任せに引きちぎられ、もみいのでルージュと共に元へ転がり落ちた。

広告

たちは、コンクリートを流し込む焦りので、この隅にんださな遺留品を見落とし、から気づいてこの鉢のに隠したのだ。

激しい悸が胸を打つ。 これは、母がこの所で襲われたという、かぬ物証拠だ。

そのだった。

ジャリッ……。

、裏庭の砂利を踏みしめる音が響いた。

の血が逆流した。 まだも経っていない。すぎる。

私は反射にルージュとチェーンをポケットにねじ込み、植鉢をパレットのへと蹴り戻した。

ガタガタッ!

の引き戸が、乱暴にけ放たれた。

っていたのは、ベージュのコートを着た雅美だった。 には、の鍵だけが握られている。

「……あら」

雅美の声は、氷のように平坦だった。

「栞ちゃん。鍵がいていたから、棒でも入ったのかとったわ」

彼女はゆっくりと温へと歩みをめてきた。 ハイヒールのい踵が、を踏みつけるたびに、乾いた音が反響する。

「お財布を忘れてしまってね。途で引き返してきたのよ」

雅美の線が、私の顔から、胸元、そして黒く汚れた私の両へと、吸い付くように落ちていく。

「……こんなところで、何をしているの?」

逃げはなかった。 背は鉄骨の壁と、あの忌まわしいコンクリートの塊だけだ。

私はポケットので震える拳を押し隠し、息をえた。

広告

「……お父さんの、植用のハサミを探していたんです」

「ハサミ?」

「ええ。来週、お客様がたくさんいらっしゃるでしょう? の横のツツジの枝が伸びていて、みっともないとったから、し剪定しておこうとって……。でも、ここにはないみたいですね」

雅美は私の言葉を聞きながら、いを詰めてきた。 私との距が、わずかセンチになる。

彼女の纏う、甘ったるい檀のの匂いがを突く。 そのから、微かに漂う古びたの埃の匂い。

「栞ちゃん」

雅美はふいにを伸ばし、私の首を掴んだ。 昨夜と同じ、の男のようにたく、逃れられない万力のような力だった。

「きゃっ……!」

雅美はもう片方ので、コートのポケットからいレースのハンカチを取りした。 そして、私のだらけの指先を、痛いほどの力でゴシゴシと拭い始めた。

、こんなに汚して。女の子のはね、いつも綺麗にしておかなきゃダメよ」

雅美の顔が、私の元にづく。 その瞳の奥には、濁った黒い炎のようなものが揺らめいていた。

っているかしら、栞ちゃん」

ささやくような声。だが、その言が、の鼓膜を針で刺すように響く。

のものを、むやみに掘り返してはいけないのよ」

雅美の親指が、私の首の骨にギリギリとい込む。

「汚いを覗き込めばね、自分がそこに引きずり込まれて、度と浮かびがってこられなくなるの。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: