みかん小説
本棚

"七年消えた母と五千万の温室" 第10話

私は震えるで、スマートフォンのシャッターを切り続けた。 枚も漏らさず、すべての悪業の証拠をレンズに収める。

カチャリ。

突然、庫のドアノブが側から回された。

息が止まった。 スマートフォンの画面を伏せ、素く背に隠す。

ドアがゆっくりとき、逆った。

帰ってきたのは、事務員の鈴さんではなかった。

「……栞?」

作業を払うことも忘れたように、ち尽くしている男。 現から戻ってきた、父・昭彦だった。

父の濁った線が、私が広げていた黒い革のバインダーと、け放たれたスチールキャビネットへと注がれた。

父の顔から、瞬で血の気が引いていくのが分かった。

「……栞?」

父の掠れた声が、狭い庫の空気に波紋のように広がった。

作業の胸元は汗で湿り、ヘルメットを脱いだばかりの髪交じりのは乱れている。 その濁った瞳が、私が机のに広げていた黒い革のバインダーと、け放たれたスチールキャビネットの引きしへと吸い寄せられていた。

父の全が、縛りに遭ったように張る。 血の気が引いていくのが、見るに分かった。 赤ら顔だった父の肌が、へと変していく。

臓が鐘を打っていた。 スマートフォンの画面を背に隠したまま、私の指先はえ切っていた。

ここで取り乱せば、すべてが終わる。

広告

警察も、第者もいない。この気のないの事務所で、追いつめられた父が何を仕掛けてくるか分からない。

私は喉の奥の痙攣を無理やりねじ伏せ、子の背もたれをく掴んでがった。

そして、わざと瞳を潤ませ、唇を震わせながら、掠れた声を絞りした。

「……お父さん」

「お、……そこで何を……」

「お母さんは……おのせいで、私たちを捨てたの?」

父のが、半きのまま固まった。

私は机のの、の倒産寸の決算を、震える指先で指し示した。

「還暦のお祝いのスライドショーのために、昔の写真をアルバムから探していたの。そしたら……鈴さんが、奥の棚に昔の記録があるかもしれないって教えてくれて……。これ、見ちゃったの」

父は息を呑み、線をつづり紐で閉じられた決算の赤い赤字額へと落とした。

百万円の借……渡りの期。お母さんがいなくなった、会社はこんなに変だったのね。私、何もらなかった……」

私は両で顔を覆い、しゃがみ込むようにして肩を震わせた。

「お母さん、おが苦しくなったから逃げたの? お父さんを見捨てて、自分だけ助かろうとして男のと……? だから、お父さんはずっと苦しんでいたの?」

完璧な「欺瞞」の芝居だった。 私は、母を信じ切れない愚かな娘の役を演じたのだ。 この男たちが見せかけてきた「な悪女に捨てられたな被害者」

広告

という筋きに、自ら乗っかるふりをした。

沈黙が、く垂れ込めた。

古い換気扇のカタカタという回転音だけが、障りに響く。

やがて、父の荒い息遣いが、僅かに落ち着きを取り戻していった。 直していた肩の筋肉から、スッと力が抜けていくのが気配で分かった。

父は、全靴を引きずるようにして、ゆっくりと私の元へ歩み寄ってきた。 そして、で汚れたきなを、私の肩のにそっと置いた。

「……そうだ、栞」

父の声は、掠れていたが、そこには堵のが紛れもなく混じっていた。

「おには……言えなかった。会社の経営がそこまで追い詰められていたなんて、受験を控えていたおに背負わせるわけにはいかなかったんだ」

父は机のの黒いバインダーを、私の界から遮るようにそっと閉じ、自分の脇のに抱え込んだ。 そのの甲に、青黒い血管が浮きている。

「登紀子は……母さんはな、に綺麗じゃない女だった。俺がどれだけ頼み込んでも、実の遺産を会社に入れるのを拒んで……最は、あの通りだ」

父の瞳に、暗い憎悪のが宿った。 それは、自らの罪を正当化するために、かけて自分自に刷り込み続けてきた、偽りのりだった。

「おが気にする必はない。昔の嫌なことなど、もう全部忘れろ。……いいな? もう度と、ここには入るな」

「……うん。ごめんなさい、お父さん」

私は俯いたまま、涙を拭うふりをしてスマートフォンのレンズを拭った。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: