"10年逃亡した父の未開封400万" 第15話
私はリュックから、のレコーダーを引き抜いた。
「もう遅いよ、植田さん」
「何……?」
私はレコーダーではなく、ポケットに入れていたスマートフォンの画面を植田に向けた。
液晶画面には、緑の通話インジケーターがっていた。
【発信:110番(警庁通信指令本部)】 【通話:14分22秒】
「……なっ」
植田の顔から、瞬で血の気が引いた。
「あんたがここに来る分から、ずっと繋がってたのよ。あんたが今、自分ので喋ったこと……お母さんと共謀して父さんを殺して、ここに埋めたこと、全部、録音されてる」
静寂。 の音だけが、世界のすべてになったかのように、激しくり注いでいた。
ピロリ、ピロリ、ピロリ……。
く、環状の彼方から、細いサイレンの音がいがってくるのが聞こえた。 つではない。 つ、つ。 を切り裂くように、赤灯のが団の塔のコンクリートを、かすかに赤く染め始めた。
「貴様……ッ!」
植田が獣のように咆哮し、ツルハシを振りげた。 髪を振り乱し、をねげながら、私を目掛けて突してくる。
私は逃げなかった。 リュックの底から引きずりした、父の・センチの全靴。 その鋼鉄の先芯が入ったい靴を、両でしっかりと握りしめ、迫り来る狂気に向かって、全の力を込めて振り抜いた。
ドカッ!!
鈍い衝撃音が、のに響いた。
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全靴のい靴底が、植田の振りろそうとした腕を正確に捉えた。 ツルハシがから滑り落ち、のに吸い込まれる。
「ぐあああっ!」
植田がのに転がった。 腕を押さえ、痛みに呻きながら、信じられないものを見る目で、まみれの全靴を見つめていた。
、父が踏みすことのできなかった、最の歩。 そのみ、その無が、のを超えて、犯の腕を打ち砕いたのだ。
敷のフェンスを突き破るようにして、台のパトカーがを巻きげながら崩れ込んできた。 青いヘッドライトが、の浄化槽跡を真昼のように照らしす。
「くな! 警察だ!」
何もの警察官が、まみれになりながら植田を取り押さえる。 錠がかけられる属音が、たく響いた。
私はそのに膝をつき、だらけになった父の靴を、胸のにく抱きしめた。 が、私の涙と混ざりい、唇を伝って流れ落ちていった。
翌朝、は嘘のようにがり、抜けるような青空が広がっていた。
4号棟の裏には、捜査両と型の削岩が何台も並び、物々しい規制線が引かれていた。 集まった勢の隣民が、息を呑んでブルーシートの向こうを見守っている。
「嘘でしょう……澄子さんが?」
「植田会が、健さんを……?」
民たちのひそひそ声が、に乗って聞こえてくる。 昨まで母を「聖母」
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と讃え、父を「殺しのクズ」と罵っていた々の顔が、当惑と恐怖で歪んでいた。
ガガガガガッ!
削岩が、閉ざされていた浄化槽のコンクリートを砕していく。 分いモルタルの層が剥がされ、配管の奥へと鑑識課員たちが潜り込んでいった。
正午過ぎ。 現の空気が、変した。
「あったぞ!」
鑑識の太い声が、初の兆しを孕んだ空気に響いた。
ブルーシートのから、慎に引き揚げられたもの。
それは、激しく酸化して黒ずんだ、チタン製のボルトだった。 そして、そのボルトに繋がれていた、炭素繊維化プラスチック製の骨組み。
【義肢製造番号:TK−8810 佐伯健】
父の、の義だった。 そして、その奥から、いのに覆われた、蓋骨の破片が回収された。
。 父は、くのでと暮らしていたのではない。 自分がまれ、娘を育て、族のために汗を流したこの団の、わずか数メートルの暗で、ずっとで耐えていたのだ。
規制線ので、私は警察官からその報告を聞いた。 涙はもう、なかった。 ただ、胸の奥にあったの黒い塊が、すうっと音をてて消えていくような、残酷なまでの静けさだけがあった。
事件の真相は、連、夕方のニュースや週刊誌で々に報じられた。
『団の聖母の仮面——の偽装失踪と夫殺害』 『町内会と共謀、汚槽に遺体遺棄』 『未受領の労災補償百万円が暴いた狂気の活支配』
テレビのコメンテーターたちが、ったような顔で母の歪んだ独占欲や、閉鎖な熟社会の病理を分析していた。