"毎月100円を振り込む名医の20年" 第1話
ファミレスのプラスチック製テーブルのに、さな滴がぽたりと落ちた。
グラスの結ではない。 対面に座る婚約者、崎綾乃の母親が取りした、除菌ウェットティッシュから滴り落ちたアルコール液だった。
「すいません、私、昔からが利くほうでして」
綾乃の母・恵子は、のセルフレーム鏡の奥から、細めた目で私の父を見据えた。 その首には、カルティエの細い無垢計が巻き付いている。 彼女はテーブルのを、まるで見えない虫でも拭き取るかのように、執拗に度往復させた。
父・内修は、何も言わなかった。
古着のワゴンセールで千円で買ったような、襟元のよれたグレーのポロシャツ。 肩には、干し続けた線による赤茶けた褪せが張り付いている。 く刻まれた額の皺の奥に、汗がじっとりとっていた。
「お父様、でしたかしら。普段は……古回収を?」
隣に座る綾乃の父、崎仁が初めてをいた。 域で代続く私総病院「崎記病院」の院であり、来には県医師会の名誉理事に就任することが決まっている男だ。 仕てのいい濃紺のサマーウールスーツに、点の乱れもない髪。
仁は、メニュー表を指先ひとつで端へ押しやりながら、声のトーンをわずかも変えずに言った。
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「ええ。軽トラでね、町内を回っとります。段ボールとか、聞とか」
父の声は、の排気ガスと埃に晒されてきたせいで、いつもしだけ嗄れている。 膝のに置かれた両は、節くれち、爪の縁には洗っても落ちない黒ずみが染み込んでいた。
「段ボール」
恵子がさく復唱し、わざとらしく元にハンカチを当てた。
「やはり、そうですのね。入ってこられた瞬から、なんとも言えない……あの、湿ったが腐ったような匂いがについてしまいまして。拓さん、事に伺っていませんでしたけれど、お父様は毎その格好で?」
私の背に、たい汗が筋を作って流れ落ちた。
「母さん、やめてよ」
綾乃が窘めるように言ったが、その声には切の力がなかった。 彼女の線は、父の黒ずんだ爪と、私が今朝必にブラシをかけた父の擦り切れた革靴のを、落ち着きなく彷徨っている。 彼女自、父と同じ空に座っていることに耐えかねているのが、その張った指先から痛いほど伝わってきた。
「綾乃、黙りなさい。これはこれからの活の基準の話よ」
恵子はハンカチを畳み直し、バッグの具をカチリと鳴らした。 その無質な属音が、ファミレスのっぽいBGMを裂くように響く。
「崎のはね、代々こので医療に携わってまいりましたの。お付きいする方々も、それなりの見識と清潔をお持ちの方ばかりです。
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拓さんがのコンビニエンスストアでをなさっていると伺ったときは、まあ、今の代ですもの、真面目に働いていらっしゃるならと目を瞑りましたわ。でもね」
恵子はテーブルの真んに、事に渡してあった結納の目録の封筒を置いた。 いの角を、差し指の先で、すっと私の方へ押し戻す。
「活の匂いというものは、遺伝しますのよ。染みついたものは、どれだけ等なスーツを着せても消えない。この先、親族の集まりや理事就任の祝賀会に、その……段ボールの匂いを漂わせた方がいらっしゃるとうだけで、私、眩暈がしてしまいますの」
「お母様、それはあんまりです」
私は声を絞りした。拳を握りしめ、テーブルので震える膝を必に抑えつけた。
「父は、このつで僕を学までしてくれました。誰にも迷惑をかけず、毎朝から軽トラをらせて……」
「それが迷惑だと申しげているのですよ、拓さん」
遮ったのは、院の仁だった。 仁の目は、氷のようにたかった。りも軽蔑すらもなく、ただ端に落ちている汚れた吸い殻を見るような、絶対な断絶の。
「君の父親がどうきてきたかなど、々のったことではない。だが、々の世界には格式というものがある。来、私は名誉理事に就任する。各界の鎮を招く席に、こんな……科者のような貌の男を親族として連れてけるとうかね?」