"毎月100円を振り込む名医の20年" 第3話
バサリ、と鈍い音をてててきたのは、緑のビニールカバーがかけられた冊の冊子だった。 埃とウレタンのにまみれ、端は湿気で波打っている。
郵便貯の通帳だった。 今のゆうちょではない。民営化される、「郵便貯」と文字で印刷されていた代の、古い「ぱるる」の通帳。
名義は、内修。
(親父の、古い通帳か……?)
父の銭管理は極めて杜撰だった。 座などまともに使わず、古問から受け取った現を茶封筒に入れ、そこから々の活費をしているはずだった。 こんな古い通帳、とっくに解約されているか、残など数円しか入っていないだろう。
そういながら、私は何気なく、緑の表をめくった。
磁気テープの貼られた裏表を過ぎ、見きのページが現れる。 インクリボンで印字された、の数字の列。
平成、。 そこで度、残はゼロになっていた。 だが、その翌。 平成、。
お預け入れ。 その欄に、械な数字が刻まれていた。
100
百円。
依頼の欄には、カタカナでこう印字されていた。
シラサキ ジン
私の指が、ぴたりと止まった。
シラサキ、ジン。 崎、仁。
さっきファミレスで、父を「科者のような貌」と嘲笑い、私と綾乃の婚約を方に破棄した、あの崎記病院の院の名だった。
広告
(……は?)
のが、真っになった。 同姓同名の別か? いや、崎なんて珍しい苗字、この狭い方都に何もいるはずがない。 しかも「ジン」。仁という名。
私は震えるで、次のに目を落とした。
平成、。 100 シラサキ ジン
平成、。 100 シラサキ ジン
平成、。 100 シラサキ ジン
ページをめくった。 が擦れる乾いた音が、静まり返った夕暮れのに響く。
平成、、、……。 改印の判子。民営化に伴う通帳の更印。 途切れることなく、狂ったような規則正しさで、毎になると、必ずその男から振り込まれていた。
100円。 100円。 100円。 100円。
。。 最のページ、今の先、の欄。
05-05 振込 100 シラサキ ジン 残 24,100
。 度の狂いもなく、毎に、崎仁から父の座へ、百円玉が枚ずつ送され続けていた。
「なんなんだ、これ……」
喉がカラカラに渇き、声が掠れた。 数料の方がいはずだ。からの振込なら、数百円の数料を払って、わざわざ百円を送していることになる。 嫌がらせか? それとも、何かの暗号なのか?
なぜ、あの名病院の院が、父のような底辺の古回収業者に、もの、毎百円を送り続けているのか。 そしてなぜ、今の昼、あのは「初対面」の赤のとして、あんなにも酷に向きっていたのか。
広告
『科者のような貌の男を親族として連れてけるとうかね?』
仁が吐き捨てた言葉が、の奥で々しく蘇る。 科者。 父のねた肩。伏せられた線。
背筋に、氷を流し込まれたような悪寒がった。 ヒトコワ、という言葉が脳裏をよぎる。 幽霊や怪談ではない。 きているが、もの、れず淡々と積みねてきた、底れない狂気と企み。
そのだった。
「――拓」
に、すぐ背から声をかけられた。
臓がねがり、私は通帳を反射に背のろへ隠した。 振り返ると、いつのにか玄関からてきていた父が、助席のドアの脇にっていた。 サンダル履きの音が、砂利のでまったくしなかった。
を背負った父の顔は、完全な逆で真っ黒に塗りつぶされていた。 どんな表をしているのか、まるで分からない。 ただ、そのの指先が、刻みに痙攣するようにいていた。
「……何しとるんや」
父の声は、く、湿っていた。 昼のけない父親の声ではなかった。 古のを押し固める油圧プレスのような、く、逃げのない響きがあった。
「あ、いや……」
私は息を呑み、必に喉の渇きを潤そうとした。 背のろで、通帳の角が私ののひらに痛いほどい込んでいた。
「ゴミ、まとめててさ。……シートの隙に、落ちてたから」
私はあえて、通帳を隠し続けるのをやめた。
ここで誤魔化せば、度とこの謎の扉をくことはできないと直が告げていた。 私はゆっくりと、緑の通帳を父の目のに差しした。