"義父を八年看取った夜、手切れ金は三万円" 第5話
そのだった。
ギィ……ッ。
静まり返った廊の、軋む音が響いた。
私の背筋に、氷が注ぎ込まれたような戦慄がった。
音は、つ。 ゆっくりと、すりで、この介護部に向かってづいてくる。
私はのさでプレーヤーの止ボタンを押し、イヤホンを引き抜き、すべてを掛けの奥底に押し込んだ。
そして、段ボール箱のに脱ぎ捨ててあった源造の古い寝巻きを抱きしめ、うつむいた。
サッ、と引き戸がわずかにいた。
敷居の隙から、居の黄い球のが差し込み、畳のにいを落とす。
そこにっていたのは、修だった。
には、半分ほど琥珀の液体が残ったウイスキーグラス。 その顔には、酔いと、獲物を品定めするような酷な嘲笑が浮かんでいた。
「……何をしている、敏子」
修のく湿った声が、部の空気を凍りつかせる。
「まだ荷物がまとまっていないのか。言ったはずだぞ。余計な傷に浸って、親父の遺品にを触れるなと」
私は顔をげなかった。 抱きしめた寝巻きに顔を埋め、肩をさく震わせてみせた。
「……すまないわ、あなた。お義父さんの……この寝巻きを畳んでいたら、どうしても涙が止まらなくなってしまって」
震える声を作った。 々しく、夫の横暴に怯え、運命を受け入れるしかない、れな無力な女の声を。
修はで嘲笑った。
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「馬鹿な女だ。んだにすがりついて何になる。おがいくら泣いたところで、親父はおに遺産なんぞ円も残しちゃいないんだよ」
修はグラスのウイスキーを煽り、を踏み入れてきた。
ドス、ドスと、い音が畳を踏みしめる。
私のすぐ背で、その音が止まった。
首筋に、アルコールの混じった修の温かい呼気が吹きかかる。
「、にトラックが来る。そのまでに、おの私物はこの段ボールつにまとめろ。それ以のものは、この部にあるものすべて、業者のパッカーに叩き込んで砕処分する」
「……この部の、すべてをですか?」
「そうだ。親父の介護ベッドも、箪笥も、ラジオも、全部ゴミだ。親父の匂いが染み付いたものは、このからつ残らず消しる。……しい活を始めるのによ、汚らわしい老のいなんぞ邪魔なだけだからな」
しい活。
あの女と、歳の息子をこのに迎え入れる活のことか。
私の膝ので、握りしめた拳の爪がのひらにくい込み、血が滲むのをじた。 だが、私は顔をげなかった。
ただ、消え入りそうな声で答えた。
「……分かりました。言われた通りにします」
「フン、最初からそうやって従っていればいいんだよ」
修は吐き捨てるように言うと、踵を返した。
引き戸がピシャリと閉まり、音がざかっていく。
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やがて、居から再び、義弟たちとグラスをわせる乾杯の音が響いてきた。
定退職の祝いと、邪魔な妻を追いす祝杯。 彼らは今、の絶頂にいるつもりなのだ。
私は、暗のでゆっくりと顔をげた。
私の瞳からは、涙の滴すら零れていなかった。
ちがり、音もなくを踏みす。
向かう先は、居の隣――親族たちが酒を酌み交わしている部の、すぐ隣にある仏だった。
仏の引き戸は、え切っていた。
私は息を殺し、襖の隙から滑り込んだ。
正面には、の歴代の先祖が祀られた、な黒漆塗りの仏壇が鎮座している。 線の煙が細くちり、源造の遺が、額縁のから静かに私を見ろしていた。
隣の居からは、修のきな声が筒抜けに聞こえてくる。
『――あの女はな、自分が被害者面していれば誰かが助けてくれるとってるんだよ。世らずの専業主婦が、でアパートを借りてきていけるわけがない。どうせ半もすりゃ、野垂れにだ』
『違いないや! 兄貴、退職千万入ったら、予定通りあの、買い取るんだろ?』
『ああ、美子と息子の名義で会社を作る。俺は役員報酬だけをもらう形にして、税も逃れるはずだ』
美子。 やはり、テープの通りだった。
私は仏壇のに膝をついた。
段目。 側の引きし。
私は音をてないよう、細の注を払ってさな引きしを引いた。
には、古い数珠と、乾いた半が枚入っているだけだった。