"じいちゃんの遺言" 第1話
鳴りのような吹の音が、築百を優に超える古びた本を容赦なく揺らし続けている。 まるで巨な獣が全体を爪で引っ掻いているかのような、暴力なの音だった。枠の窓ガラスがガタガタと鳴をげ、丁寧に目張りをしても防ぎきれない隙が、刃物のように鋭く入り込んでくる。 俺がきく息を吐きすと、い息が部の暗さのでぼんやりと形を作り、そしてすぐに気のへ溶けて消えていった。
「チッ……今のは、随分としつけえな」
俺は舌打ちをつして、部の真んに鎮座する古い油ストーブのダイヤルを回し、力を限界までめた。 ボッ、と音をてて赤々とした炎が燃えがり、え切った畳をしずつ温めていく。ストーブのに乗せられた季の入ったやかんからは、シュッシュッとリズミカルにい湯気が噴きしている。挽きたてのコーヒー豆にお湯を注ぐと、苦くばしいりが部の空気をわずかにらげた。
千葉(ちば・かずと)、38歳。 俺は勤めた都内のつホテルのメインダイニングを辞め、このの奥にある古民に移りんで、ちょうど半になる。
腕には絶対の自信があった。本フランスで修を積み、帰国は寝るも惜しんで料理と向きってきた。
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俺の作るソースは客からも料理評論からも絶賛され、若くしてエグゼクティブ・シェフの座を任された。 だが、全ては利益至主義のしいオーナーが就任したことで崩れった。
『千葉シェフ、あなたの料理は確かに素らしい。しかし、原価率がすぎる。もっとい代替材を使い、効率化を図りなさい』
料理を「数字」でしか見ない男だった。 俺が血を注いで作りげたレシピは勝に改悪され、コストカットという名目のもとに材の質は容赦なく落とされた。最級の仔牛の骨から何もかけて引いたフォン(汁)は、価な既製品のエキスにすり替えられた。 それでも、俺はを守るために耐えた。だが、彼らが次に求してきたのは、俺の背を見て必にらいついてきた、若く優秀な部たちのリストラだった。
『やってられるかよ』
俺はその、真っなシェフコートを脱ぎ捨て、誰よりもした厨をにした。 今まで積みげてきたもの全てが、ひどく馬鹿らしくえた。美しい料理でを笑顔にしたい。ただそれだけだったのに、いつのにか権力闘争と数字の計算にすり減らされていた。 関係に疲れ果て、もう誰とも関わりたくない。誰のために料理を作るのかも分からない。 逃げるようにして辿り着いたのが、き祖父が遺したこの奥のだった。
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ここにあるのは、のちっぽけな惑など簡単にみ込んでしまう厳しい自然と、入れのき届いていない畑、そして鼓膜が痛くなるほどの静寂だけだ。 「俺には、これくらいがちょうどいい」
そう声にして呟き、いコーヒーをすすろうとしたを、ふと止めた。 線の先、傷だらけのちゃぶ台の隅に置いてある通の封筒に目が止まる。先、に閉ざされるに蔵の理をしていたに、古い箱の底から見つけたものだった。 それは、じいちゃんの遺言だった。
『へ。おは器用で、損ばかりするき方をしている』
セピアに変した分い便箋には、震えるような、しかし力い跡で、俺への説教がびっしりと綴られていた。 じいちゃんは昔気質ので、頑固でうるさく、よく俺と衝突した。だが、両親をくにくした俺を男つで育てげてくれた恩でもあった。
『だが、誰かをうの温かさを、おは誰よりもっているはずだ。を閉ざすな。を受け入れろ。それが、おの作る料理をさらに美しくする隠しだ』
「はっ」 俺はわずで笑い、読みかけの便箋を机のに放り投げた。 「何が隠しだ。料理なんてもうしねえよ。誰かのために作ったって、裏切られるだけだ」
裏面にもまだびっしりと文字が続いていたようだが、どうせまた「との繋がりを事にしろ」
だの「飯はみんなでえ」だのといった言だろう。