"残高220円の介護嫁" 第3話
健の顔から、さっと血の気が引いた。
握りしめていたドライバーを持つが、わずかに震える。
彼は何よりも『世体』をする男だった。
区役所という閉ざされた階級社会ので、真面目で、清潔で、親孝な模範職員という仮面を被り続けることだけに、の全精力を注いできた男だ。
「ち、ちょっと健さん! なんなのよこの女! 警察呼びなさいよ!」
奥の部から絵里奈が切り声をげたが、健はそれを制するように、ひきつったで女を押し留めた。
「……美奈子さん。あんた、自分が何を言ってるのか分かってんのか」
「分かっています」
私は歩も引かず、健の瞳を真っ向から見据え返した。
「曜まで待つと言ったのはあなたです。それまでに私が自発に鍵を返すか、法な対応を取るか、決める権利は私にあります。今すぐその具をポケットにしまい、靴を脱ぎなさい。さもなくば、今この瞬に通報します」
沈黙が、苦しくのに落ちた。
健の額に、じわりと嫌な汗が滲みる。
彼は数秒の、私の顔とスマホのカメラレンズを激しく見比べた、忌々しそうに舌打ちをした。
チッ。
「……いいだろう。どうせ曜までの命だ」
健はドライバーをポケットにねじ込み、無理やり作った嘲笑を浮かべた。
「せいぜい、あと数の居候活を噛み締めるんだな。
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くぞ、絵里奈」
「ちょっと、健さん! 追いさないの!?」
「いいから来い! ここに居すると、線の臭いがにつく!」
健は女の腕を乱暴に引っ張り、逃げるように玄関のドアをけた。
バタン、と。
暴力な音をてて鉄の扉が閉まり、廊に響くの音がエレベーターホールへと消えていく。
私は、息を吐いた。
背の筋肉が、鉄板のように張っていた。
スマホを握りしめていたが、微かに震えている。
私は勝ったわけではない。
ただ、敵の最初の撃を、予測とハッタリでで弾いただけに過ぎない。
居に戻ると、静寂が何倍にもなって押し寄せてきた。
元には、蹴りばされた真鍮の鏧子が、無残に転がっている。
私は畳に膝をつき、そのたい属を両で拾いげた。
鏧子が激突した壁の巾(はばき)のあたりを見つめた、私の線はある点で止まった。
仏壇のすぐ脇の柱に掛けられていた、めくりカレンダー。
鏧子がぶつかった衝撃で、その古いカレンダーが具ごと斜めに傾き、に落ちていたのだ。
それは、義母が、毎朝枚ずつ破ることを課にしていた、どこにでもあるいのカレンダーだった。
義母が倒れてからは、私が代わりにめくっていた。
めくられた最のページは、義母がくなったの——のものだった。
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私は何気なく、に落ちたその束を拾いげた。
ので、がパラリと裏返る。
その瞬、私の背筋に、氷を筋垂らされたような戦慄がった。
「……え?」
カレンダーの裏面。
本来なら真っであるはずのザラついた更の背に、びっしりと、何かの文字が刻まれていた。
それは、認症がんでいた義母の跡ではなかった。
もっと尖った、神経質で、何かを激しく呪うような、異様な圧。
ボールペンのペン先がを突き破り、枚目、枚目のにまでく刻み込まれた、溝のような文字の群れ。
私はカレンダーを窓際のにかざした。
そこに並んでいたのは、奇妙な文字列と、数字だった。
15 シントウ 1,200,000 座:井友 反田支 普 ****721 残:38,800,000(完済まであと32ヶ)
呼吸が、止まった。
シントウ?
毎百万円?
残、千百万?
文字のインクは、油性の黒いボールペンで、ところどころ擦れたように滲んでいた。
跡を、私はっていた。
この、がりに歪む特異な数字の『8』のき方。
違いなく、義弟の健の字だった。
なぜ、健のメモが、義母のめくりカレンダーの裏にかれているのか。
なぜ、特別区の公務員に過ぎない男が、毎百万円もの途方もない額を、どこかに支払い続けているのか。
『完済まで、あとヶ』。
私の脳裏に、先ほど健が吐き捨てた言葉が蘇った。
——このは、松本の直系である俺が単独で相続する。
——リノベーションして売りにせば、千万円はらない。