"残高220円の介護嫁" 第11話
私は喪の代わりに、普段パートで着ている濃紺の綿のシャツと黒いスラックスをに纏っていた。
化粧はしていない。
ただ、背筋だけをまっすぐに伸ばし、畳の真んにさな文机を据えて正座していた。
机のには、茶封筒が通。
そして、あの底の歪んだ真鍮の鏧子が、静かに置かれている。
ドカドカと、階段を踏み鳴らす複数の音が聞こえてきた。
やではない。
やがて、乱暴なインターホンの音が、部に鳴り響いた。
ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン。
連打される械音。
ドアをけるから、廊には親族たちの品なざわめきが充満していた。
私はちがり、玄関へ向かった。
鍵を回し、ドアを内側に引く。
「遅いんだよ、美奈子さん!」
先にっていたのは、健の弟——男の浩司(歳)。
量販のっぽいダブルのスーツを着流し、酒焼けした赤ら顔で私を睨みつけている。
その背には、妹の恵子(歳)が、きなサングラスをに乗せ、腕を組みながらっていた。
さらにそのろには、叔父や叔母など、親族が、。
そして、健の隣には、あの神崎絵里奈が、今はひときわ華やかないツイードのワンピースを着て、勝ち誇った笑みを浮かべて控えていた。
「おいおい、本当にまだ荷物ひとつまとめてねえじゃねえか」
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浩司が同然の勢いで、靴を脱ぎ散らかしてがり込んできた。
「母さんがんだ途端に、男の嫁が実に居座って財産を独り占めしようとしてるって聞いて、んできたんだよ。図々しいにも程があるぞ、美奈子さん」
恵子が扇子でパタパタと顔を扇ぎながら、居に入ってを鳴らす。
「本当よねえ。お兄ちゃんがんでからの、あんたがここにめたのは、松本のけでしょう? それをお母さんの介護をしたからって、を自分のものにしようなんて、恩を仇で返す棒猫そのものじゃない」
親族たちが、々に私への非難を投げつけながら、狭い畳に崩れ込んできた。
健は座の座布団のにち、胸を張って全員を見回した。
彼の顔には、数のような怯えや取り乱した様子は微もなかった。
「皆さん、曜の朝くから集まってくれてありがとう」
健の声は、よく通る公務員の演説調だった。
「今呼んだのはでもない。お袋が遺したこのマンションの処分と、法占拠を続けるこの美奈子さんの退について、親族全員の致した結論をすためだ」
親族たちから「そうだ、そうだ」「さっさと追いせ」と声ががる。
絵里奈が健の腕にすり寄りながら、甘ったるい声をげた。
「健さん、く終わらせましょうよ。
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産の、もうで待してるんでしょう? 私、午はのレジデンスの内見があるんだから」
「ああ、分かってるよ、絵里奈」
健は得げに笑い、ポケットから枚の折りたたまれた類を取りして文机のに叩きつけた。
緑の枠線で囲まれた、見慣れた用。
『遺産分割協議』。
「美奈子さん。あんたには円も相続する権利はない。ここにかれている通り、このマンションの所権は松本の直系である俺が単独で取得し、売却益から浩司と恵子にも相応の分配をする。あんたは即刻、ここからていく。今すぐここにサインと拇印を押せ」
浩司がを乗りして机を叩いた。
「く押せよ! 俺たちはおの顔なんて度と見たくないんだ!」
恵子も嘲笑する。
「都営宅の敷くらいは、お兄ちゃんがしてくれるって言うんだから、ありがたくいなさいよ。清掃婦の分際で、品川のマンションにめるとってたのが違いなのよ」
方から浴びせられる、侮蔑と敵の言葉の刃。
普通なら、泣き崩れるか、絶望して座する面だろう。
だが、私ののには、恐ろしいほどの静寂が広がっていた。
りすら湧かない。
ただ、この醜いたちが、自ら掘った落とし穴の縁に、満面の笑みで並んでっている姿が、滑稽でならなかった。
私は文机のに静かに座り直した。
「健さん」
私の声が、居の罵声を遮るように、く澄んで響いた。
「ひとつだけ、確認させてください」
「あ? なんだよ。