"15冊帳簿の専業主婦" 第4話
暗い隙の奥に、先ほどに入れたの複写と、斎のゴミ箱から拾い集めた借の督促状のコピーを押し込んだ。格子を元に戻し、埃を払う。
元に残したのは、表面の『庭内理健康状態に関する委託評価及び財産包括管理』のの枚だけだ。
洗面台の鏡に映る自分の顔を見た。気の肌、落ち窪んだ目、乱れた髪。
「私は、狂ってなどいない」
鏡のの自分に向かって、声をさずに呟いた。 、誰にも頼らず、節約と事に追われ、このと健司を支えてきた。その結果が、娘の未来の資を奪われ、精神病院へ売りばされる結末だというのなら――私はどんなを啜ってでも、この男のを獄へ引きずり落としてやる。
翌朝、午分。
浅野のリビングには、刺すような緊張が漂っていた。 健司は仕ての良いダークネイビーのスーツにを包み、ネクタイを寸分の狂いもなく結んで、座のアームチェアに腰掛けていた。その表には、すべてをのままに操る男特の、傲な余裕が戻っていた。
ピンポン、と澄んだチャイムの音が響いた。
「来たぞ。真由美、玄関をけなさい」
健司が命じる。私は無言でをげ、玄関へ向かった。 ドアをけると、そこには仕ての良いコートを着た男がっていた。細の縁鏡の奥で、さく狡猾な瞳がっている。
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には本革のアタッシュケース。
「初めまして。司法精神医学専医の片です。健司君から話は伺っていますよ。奥様、ずいぶんお疲れのご様子ですね」
片は名刺を差しすこともなく、無慮な線で私をからまで値踏みした。
「……わざわざお越しいただき、恐縮です。どうぞ、へ」
私はくをげ、従順な妻を完璧に演じながらをリビングへと案内した。 テーブルを挟んで、片と健司が並んで座る。私はその対面に正座した。
片はケースからカルテのような革表のファイルを広げ、万を弄びながら、柔らかな、しかし神経を逆撫でするようなねっとりとした調でをいた。
「奥様。ご主から、最のあなたの状態について極めて詳しいご相談を受けました。に理由もなくち尽くす、買い物の計算ができなくなる、さらには事において著しい混乱が見られる……と。ご自では、そうした記憶に当たりはありませんか?」
最初から、私を精神異常者と断定したでの誘導尋問だった。
「いいえ。計算ができなくなったことも、記憶を失ったこともございません」
私が静かに答えると、片はわざとらしく眉をの字に曲げ、れむような溜息をついた。
「なるほど、自覚の欠如ですね。鬱病の初期、あるいはいストレスによる解症状によく見られる傾向です。
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ご自を守るために、無識のうちに現実を歪めてしまうのですよ。昨も、ご主に対して理由のない被害妄をにされたとか?」
「真由美、隠さなくていいんだ」
健司がを挟んだ。その声は、第者のでは見事なまでに「献な夫」のものだった。
「片は庭裁判所の鑑定も務める権威だ。おが計を混乱させて借を作ってしまったのも、病気のせいなんだよ。おが悪いんじゃない。だから、すべてを話して楽になりなさい」
の線が、見えない縄のように私の首に巻きついてくる。 彼らのシナリオはだった。私がしでもに「そんなことはしていない!」「嘘をつかないで!」と声を荒らげれば、即座に「失禁」「激越状態」としてカルテに記載され、精神鑑定の既成事実が完成するのだ。
りと恐怖で、全の血が沸騰しそうだった。 私は膝ので握りしめたの爪を、のひらの肉に音もなく、渾の力で突きてた。
ズブッ、と爪が皮膚を破る触。 鮮烈な激痛が脳髄を貫き、激で霞みかけていた私の識を、瞬で氷のように澄み切った覚へと引き戻した。
私は微笑んだ。
「片先。問診を続けられるに、私の『計の混乱と錯乱の証拠』として、こちらをご確認いただけますでしょうか」
私はテーブルのから、呂敷に包まれたみのある束を取りし、ドサリとテーブルの央に置いた。