"奪われた十八年の通帳" 第20話
への興奮で、赤黒く気していた。
「ダンスの、の引きしに入れておきました」
「気が利かねえな。ハンガーに吊るしとけって言ったろ。……まあいい。今でおともお別れだからな。せいぜい、最の飯くらいまともに作れよ」
敏之は首元に、ワインレッドのシルクタイを雑に巻きつけながら、で嗤った。
「午からの本社会議、俺の発表は部の番最初だ。役員全員ので、俺が組んだ『湾岸配効率化プラン』をプレゼンする。……それが終われば、俺はれて本社の運管理課だ。こんな掃き溜めの継所とも、すするような活とも、今でサヨナラなんだよ」
「……おめでとうございます」
私は背を向けたまま、静かに答えた。
「フン、負け犬ががりやがって」
敏之は洗面所へ向かい、蛇を乱暴にけてうがいをした。 ガラガラと品な音をててを吐きし、鏡ので自分の襟元を何度も直している。
「おい、登紀子。昨の夜も言ったが、夕方までに自分のゴミは全部まとめとけよ。あそこに置いてあるダンボール箱、で蹴ばしたら軽すぎて笑っちまったよ。もこのに居座って、荷物はたったの箱か。のない女は、荷物も空っぽってわけだな」
居の隅には、私が昨まとめたつの段ボール箱が置かれていた。 に入っているのは、父の形見のアドレス帳、数冊の作業誌、そして着替えの肌着が数枚だけ。
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の私の労働とのすべてが、そのさな箱のに収まっていた。
「鍵は、そこの駄箱のに置いとけ。夕方、俺が戻ってきたにテメエの顔が界に入ったら、警察呼んで法侵入で突きすからな」
敏之はそう言い捨てると、玄関のにり、ピカピカに磨きげられた革靴にじもを通した。 ドアをけた瞬、たいが吹き込み、彼の首筋からあの甘ったるいバニラのとポマードの臭気を巻きげて、台所へと運んできた。
バタン、とい鉄の音が響き、クラウンの乾いたエンジン音がざかっていく。
静寂が戻った。
私は沸騰した湯のに、スーパーの特売で買った乾燥ワカメをひとつまみ落とした。 噌を溶き、を止める。
奥のから、ギシ、ギシと敷布団が軋む音が聞こえてきた。
「おい、登紀子! 喉が渇いたよ! く茶を持ってきな!」
静子の、障りな切り声だった。 私は湯呑みに番茶を注ぎ、の引き戸をけた。 万のに半を起こした静子は、私を見るなり、歪んだ元を尖らせて嘲笑った。
「敏之はもうかけたかい? ああ、今のあの子は段と凛々しかったねえ。本社の役員になるんだから、当然だけどさ」
静子は差しされた湯呑みを乱暴に奪い、ズズズと音をてて啜った。
「あんた、まだそんなボロ布を着て突っってるのかい。
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さっさと荷物持ってていきなよ。敏之が帰ってきたら、あたしゃ駅の級スーパーで買った肉で、すき焼きの祝いをするんだからね。あんたみたいな貧乏神がいたら、肉がくなるんだよ」
「……お肉を、買われたのですか」
「当たりだろ! あたしの隠し座から、万円もろしてきたんだよ! 敏之が本社にけば、あたしは来からの見える級ホームに入れるんだからね! ケチケチする必なんざ、これっぽっちもないのさ!」
静子は布団の脇から、チラリとピンクの袋を覗かせた。 そこには、デパの精肉のロゴが入っていた。 りの黒毛牛。 おそらく、彼女が持っている全財産にいを叩いて買ったのだろう。
「そうですね。……ゆくまで、わってください」
私はくをげ、の戸を静かに閉めた。
午分。 私は、濃紺のウールコートに腕を通した。 には、父の形見である黒革のバッグ。 そのには、田会から預かった桐箱のと、沢田弁護士から渡された連の監査報告の写しが入っている。
玄関の鏡を覗く。 化粧っ気のない顔。 だが、その瞳の奥には、の煤煙とで研ぎ澄まされた、青くたい刃が宿っていた。
トタンのドアノブにをかけ、へる。 鍵をかける音はさせなかった。 もう、この鍵をけることは度とないからだ。