"毒を運ばされていた私" 第5話
駆けつけた警察官は、湯気配管の錆と湿気で淀んだ狭い脱所で、淡々と言い放ったのだ。
「ヒートショックによる急性筋梗塞です。齢者の暮らしにはよくあることですよ」
事件性なし。検も解剖もわれず、遺体は際よく運びされ、週もしないうちに部は空っぽになった。 その、玄関のでハンカチを目に当てて震えていたのが、階にむ清原フミさんだった。
「にねえ、相馬さん……あんなに頑固だったけれど、本当は寂しかったのよ」
涙声でそう呟き、おろおろと私の肩を抱いてくれた清原さんの温もりを、私は今でも覚えている。 あの慈い涙の裏で、彼女は何を考えていたのか。 相馬さんの部から持ちされたノートと、未封の圧剤。 それがなぜ、に契約された預り所のブリキ缶のに隠されなければならなかったのか。
私はそのまま自宅には戻らず、央線の各駅に乗り換えて、団の最寄り駅へと引き返した。
向かうべき所はつしかなかった。
団の敷内、階の隅にある『神崎医院』。 造階建てのプレハブのような粗末な診療所で、壁のモルタルはひび割れ、板の文字は線で消えかかっている。 この団ののほぼ全員が、ここをかかりつけ医にしていた。 相馬さんの診断をいたのも、に清原さんの孤独を確認したのも、院の神崎医師だった。
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引き戸をガラガラとけると、使い古された消毒液の臭いと、湿気を含んだカルテの酸っぱい匂いが押し寄せてきた。 待には誰もいなかった。 破れかけたビニールレザーの子がつ並び、窓際には葉の落ちたパキラの鉢植えが埃をかぶっている。
受付の擦りガラスの窓をトントンと指の腹で叩いた。
奥から、擦り切れたスリッパを引きずる音が聞こえてきた。 顔をしたのは、髪交じりのい髪をオールバックにした、代半ばの神崎医師だった。 汚れたの胸ポケットには、キャップのないボールペンが何本も刺さり、インクの染みが広がっている。
「……ん? 咲子さんか。今はどうしたんだい。清原さんの件なら、もう区役所の福祉課に診断の原本を送っておいたよ」
神崎医師は、腫れぼったい瞼の奥から濁った球を覗かせ、億劫そうに息を吐いた。
「先、しだけお伺いしたいことがあるんです。ち話で構いませんので」
「なんだね。午から往診があるんだが」
私は受付のカウンターに寄り、声を落とした。
「……にくなった、〇号の相馬栄造さんのことです」
その瞬。
神崎医師のが、ぴたりと止まった。 の裾を直そうとしていたの指先が、空で自然に張る。
「……誰だって?」
「相馬栄造さんです。
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のに、自宅の呂でくなられた」
神崎医師の線が、私の顔からゆっくりとれ、誰もいない暗い待の隅へと泳いだ。 喉仏が、ゴクリと度きくする。
「……昔のことすぎて覚えておらんよ。何百も取ってきてるんだ。それが今更、何の用だね」
「相馬さんの遺品のから、記が見つかったんです」
私は提げ鞄の持ちをく握りしめた。
「そこには、くなる直、清原さんから作りの野茶を渡されたとかれていました。そして、それをんだ直から激しい悸と体調良を訴えていた。先、相馬さんの因は、本当に単なる筋梗塞だったんですか?」
院内の空気が、急速にく沈んだ。 壁の古い振り子計が、コチ、コチと無質な音を刻んでいる。
神崎医師の顔から、みるみるうちに血の気が引いていくのが分かった。 皮膚が黄っぽく変し、元の皺が刻みに波打つ。
「……馬鹿げたことを言うもんじゃない」
絞りすような、掠れた声だった。
「相馬さんは度の血圧症だった。、血管拡張剤を処方していたんだ。呂で倒れれば、誰だって止を起こす。警察だってそう判断したはずだ」
「でも、先は相馬さんの遺体を解剖に回しませんでしたよね? 表検査だけで診断をいた」
「暮らしの老が呂でぬたびに、いちいち司法解剖に回せるか! 費用ももかかるんだよ! 警察だってそんなこと望んじゃいない!」