"毒を運ばされていた私" 第8話
この老朽化した団で、寄りのない孤独な老たちに擦り寄り、信頼を勝ち取り、そのを待ち構えていたのだ。 そして、彼らがぬ直に、公団の居権やわずかな財産を自分へと移転させる類を周到に準備していた。
しかし、なぜ相馬さんの承継届は提されなかったのか? なぜ、実印とともにに隠され、放置されていたのか?
答えは、缶の底に残されていた、最の枚のにあった。
それは、処方箋の裏にかれた、きのメモだった。 ボールペンのインクは青く、震える老の文字で、薬品名と植物の名が対照表のようにき連ねられていた。
『ジギタリス(配糖体)――オオバコ、スズランの根』 『カルシウム拮抗剤との複投与におけるブロックの誘発』 『致性脈の序――図は虚血性変化と判別能』
そして、そのメモの最部に、乱暴な跡でりきが残されていた。
『清原へ。 これ以の求は呑めない。 相馬の件で、私の診断偽造は限界だ。 保健所の監査が入れば、私も君も終わりだぞ。 度とあの茶をにませるな。 神崎』
たい夜が、私の頬を切り裂くように吹き抜けた。
神崎医師の署名。 図は虚血性変化――つまり、筋梗塞と区別がつかない致性の脈。 清原フミが相馬さんにませた、あの黄い茶。
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そして、神崎医師がそれをりながら、虚偽の「自然」の診断をき続けていたという、かぬ証拠。
相馬さんは、清原の罠に気づいていた。 だからこそ、承継届に判を押すことを拒み、区役所に通報しようとした。 その結果、あの茶をまされ、臓を止められたのだ。
そして――。
私の全の血が、瞬で凍りついた。
神崎のの付は、の。 相馬栄造が、呂で体となって発見された、まさにその夜だった。
缶のから漂う、わずかな枯の匂い。 それは、まで清原フミの部に充満していた、あの甘ったるく、どこか胃を刺激する青臭い匂いと、完全に致していた。
清原フミは、で相馬を殺したのではなかった。 医療の識を持つ共犯者とともに、この団の暗がりで、何にもわたって「完全犯罪」を繰り返してきたのだ。
ので、にした缶の角が、私の指に痛いほどい込んでいた。
夜の気が、膝のに抱えたビスケット缶の錆びた角を通じて、私の皮膚をじわじわと麻痺させていった。
神崎医師の署名が入ったりき。 相馬栄造の実印。 そして、過数にわたって孤独していった老たちの名を連ねる、承継届の束。
提げ鞄の奥へそれらを押し込み、私は音を殺して団の暗がりを抜けた。 背で階建ての棟が、何百もの黒い窓を並べて私を見ろしている。
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あの窓の奥のつつに、互いの呼吸を監し、沈黙をで買いうような共犯の空気が澱んでいるのだとうと、吐き気がせりがった。
翌朝、私は介護事務所からの話にも、自治会からの着信にもなかった。 スマートフォンのバイブレーションが机ので震えるたび、画面に浮かぶ文字を睨みつけ、源を切った。
向かうべき先は、現役の警察署ではない。 現役の警察に駆け込んだところで、事務所と自治会から「妄癖のヘルパーが利用者の遺品を盗掘した」と先を打たれれば、即座に柄を拘束されて証拠を握りつぶされる。 相は、区の福祉課と医療関を数にわたって玉に取ってきた組織なだ。
私には、過にこの団で起きた「自然な」の記録を、純粋な刑事の目で見てくれる第者が必だった。
帳の隅にき留めていた番号をいす。 かつて相馬さんがくなったあの、団の所轄署から臨し、検のち会いで唯、神崎医師の診断に眉をひそめていた初老の刑事――松永。 彼はに退職し、現は隣町の旧沿いで、さな古を営んでいるとの噂に聞いていた。
央線と私鉄を乗り継ぎ、駅から分ほど歩いた寂れた商。 板の文字が半分剥がれた『松永』のガラス戸を引くと、埃と古の乾いた匂いが迎えてくれた。
通の奥、うずく積まれた文庫本の隙から、髪の混じった丸刈りの男が顔をした。